金は酒代より重いせかいをつくるもの
山盛りになった書類の束が僕と相手の視界を遮る。
「では、希望職種は何でしょうか……はい、林業ですね」
隣にいるフラックから移住希望者の書類を渡される。一人分で五枚もの書類を見なければならないのだが、彼は僕が応対している間に不備のチェックやおかしな点を調べ分かりやすいようにまとめてくれていた。おかげで僕は相手との会話に集中できる。
「……書類は大丈夫みたいですね。ではこれがあなたの家の鍵です。明日からよろしくお願いします」
晴れて移民として認められた男性を見えなくなるまで見送り、僕は思い切り体を伸ばした。やっと前半戦が終了した。もう何時間座りっぱなしなのだろう。久々にデスクワークをしたら体が重くて重くて仕方がない。
「君がいてくれて本当に助かるよフラック。ツァディがここに居ても絶対役に立たないだろうしさ」
「というよりは途中で逃げ出しそうですよね」
置物になったり余計な事を言い出すよりは逃げ出してくれたほうがありがたいかもしれない。
「……それにしてもこの選考内容、かなり厳しいですね」
「最初だしね。できる限り能力を持っている人に来てもらいたいんだ。ほら、まだお金とかも作ってないからサボられるわけにもいかないしさ」
お金を作るまでは飲食代、家賃、もちろん税金などはすべて無料だ。その中で酒代だけが僕の自腹となる。故に選考内容の一つに酒豪はご遠慮いたしますと勝手に加えさせてもらった。
「農家、林業家、料理人、漁師、狩人……ひとまずこの人たちを募集しておいたけど他に何かいるかなあ」
みんなとも相談して生活するための最低限の人員は用意したつもりだ。しかしいざ募集となると何かが足りないんじゃないかと不安になってくる。
「そうですね……今のところは様子見しかないと思います。強いて言うならお金を早めに作っておくべきかと」
「お金かぁ。製造設備、管理役、他世界との為替相場……問題が山積みなんだよね」
設備の件はシオンに頼めばきっとどうにかしてくれるだろう。でも他は専門の人でも呼ばない限り手の出しようがない。出来れば移民ではなく、僕たちみたいな神に任せたくて探してはいるもののなかなか適役が見つからないのが現状だ。
「問題と言えば、この世界の名前もですよね」
「ああ……むしろこっちのほうが優先かもね……」
数日前、開拓も新たな段階に入ったということで僕はみんなでこの新第三世界の名前を考えようと提案した。するとどうだ、みんな次から次へと変な名前案を出してくる。とりあえず思いつく限り書き出してもらったがマトモなものは一つもなくて今に至る。
「まあ……確かに名前を考えるのは難しいよね」
「やっぱり駄目でしたか、マオシャーにツクツクミンミン」
うん駄目。君のセンスも大概だけど、でもこれ悲しいことにまだまだマシな方なんだよね。
「もう君たち元人間の開拓者八人の頭文字でも並べ替えようかなーと思ってるよ。多分文句出ないでしょ」
「はあ……えっ、八人?」
「うん、八人。明日ようやく最後の一人が来るみたいなんだ。話したよね?ラーメン屋とかマグロ漁師になってた子」
実は僕も詳しくは知らない。フラックがツァディの推薦だとすると、八人目の女の子はアルケビュース様直々の推薦なのだ。ツァディも彼女のことを知っているそうなのだが案の定ニヤつくだけで何も教えてくれなかった。
話を聞く限りかなり得体の知れない人なのだが上司の推薦を無下に断るわけにもいくまい。そういうわけなのでフラックに「楽しみですね」と言われても今僕は素直に喜べない気持ちなのだ。
僕が複雑な気持ちで考え込んでいると大きめなノック音が室内に響いた。誰だろう。後半戦の開始時間にはまだ早いのだが。
「失礼します。その、飲み物でもいかが?」
「私はお菓子を持ってきました!」
ライツとウルルだ。休憩時間だからと差し入れを持ってきてくれたらしい。ちょうど小腹が空いていたのでとても有り難い。……でもこの量の差はおかしくない?何でフラックのほうが明らかに多いの?ついで?僕はついでなの?
「ありがとうございます」
彼の言葉を聞いた二人は逃げるようにして部屋を出ていった。なんか、少し前まで見ていた彼女らと今の彼女らはまるで別人みたいだ。
「あの、僕の方が多いのでテトさんに……」
「いいよいいよ。あの二人は特に君に食べてもらいたいんだよきっと。僕はついでだからさ……」
半分投げやりな思いで僕はグミを口に入れた。すると突然口内で何かが爆発したかのような感覚に襲われる。驚いて吐き出してしまうところだった。
「……どうやらはじけるグミみたいですね。少し刺激が強いですが、美味しいです」
そういえばウルルが錬金術をすると何でも爆発物に変わってしまうんだったか。じゃあこれはそれを逆に利用したもの……なのだろうか。何にせよ僕では大量に食べるのは無理そうだから結果的にこれで良かったのかもしれない。飲み物のコーヒーを流し込むと多少は暴走が弱まるみたいだし。
「ねえフラック、その量大丈夫?残してもいいんだよ?」
「いえ、せっかくお二方が作ってくれたものですのでっ」
さっきから口に入れるたびに彼の体がビクッとしている。必死に頑張っているのがひしひしと伝わってくる。
そうか。何に対しても優しいんだったね、君は。
「やっぱり僕ももう少しいただくよ」
「……ありがとうございます」
こうして二人での我慢大会が始まった。口先ではじけ、喉ではじけ、胃ではじけ……。美味しいのは美味しいのだがその代償がでかすぎる。体の中に小さな小さな炸裂弾をいくつも投げ込まれているような感じだ。唯一の救いは差し入れた二人がここに居ないことだね。今の僕らの顔は絶対に見せられないから。……いやちょっと待て!誰か来た!
「こ、こんにち……ひぃっ!?」
扉を開けたスーツ姿の女性が腰を抜かした。無理もない、僕たちは無理に笑顔を作ってグミをほおばっていたのだから。
あの二人じゃなくて良かった、と僕たちはコーヒーを飲んで一度落ち着いた。相手にも事情を説明すると僕たちの奇行に理解をしてくれたようだった。
「あれ?失礼ですがどこかでお会いしましたっけ」
「あっはい。私、第一世界エギンで副管理者をしております、ピロリペールと申します」
ああ、どうりで見たことのある栗色ヘアーだと思った。挨拶回りのときに一度だけ会ったことがある。
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。ところで、ここに来たということは何か用事でも?」
「そ、その、突然マーベラス様に一年間の休暇を言い渡されまして。せっかくだから第三世界にでも行ってこいと言われて来たんです。でもやっぱり何か仕事をしてないと自分を保てないというか……」
まさに社畜の鑑だ。特に彼女の上司、管理者のマーベラスさんはやりたい放題する神でやらかした事の後始末は全て彼女に丸投げされていると聞く。敏腕秘書というのも可哀想なものだなあ。
しかし彼女はマーベラスさんのお財布係兼ストッパー、今募集している仕事は肉体労働ばかりだし果たして彼女に合うだろうか……。
「この方に金融を任せるというのは如何でしょう」
「それだ!良い考えだよフラック!」
「えっ?えっ?金融……ですか?」
マーベラス社の財政管理は彼女をトップに回っていると聞く。ならばある程度金融の知識は持っているに違いない。
ごめんね!せっかく羽を伸ばしに来たところ悪いけど、君を有効活用させてもらうよ!
「フラック、特殊部隊のみんなに銀行の建設を注文してきて。あとシオンに貨幣の製造機を」
これで一気に止まっていた話が進む。便利な器具といい、優秀な人材といい、マーベラスさんには本当に感謝しないと。……まだどんな人かあんまり知らないけど!
でも、そんな彼女が一年休んで本当に大丈夫なのだろうか。この時の僕はその事について何も考えていなかった。
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