「  」

「  」は空を見ていた。永遠と続く青に、時々白色や眩い光、灰色、が混じるそれをじっと見つめていると、たまに視界に”それ”は現れる。
”それ”が来るのは不定期だ。ただ、それは毎日毎日いずれも視界の真ん中に現れ、ぼんやり見つめていた空を遮る。何か言葉を発しているが、「  」は言葉など理解しておらず、ただただ”それ”を眺めるだけであった。
少しして「  」は気づいたのだ。”それ”は突如現れるのではなく、普段は自分の視界に入らない周囲を歩いているのだと。いつも消えてしまう”それ”の方向に焦点を合わせれば、”それ”は元々大きな目を更に広げ、嬉しそうにまた言葉を紡いだ。
「  」は”それ”が何なのかが分からない為、忙しなく動く”それ”を目線で追った。それに気づいた”それ”はそれはそれは嬉しそうにこちらに駆け寄り、いつものように「  」の視界を占領しては言葉を発した。不思議と”それ”が紡ぐ音は不快では無かった。
「  」は”それ”と同じように、動き回れる足がある事に気がついた。「  」も同じように動こうとするが、バランスの取り方が分からずよろけて地面に手を付いた。そこで「  」は”それ”と同じように手がある事に気がついた。四足歩行がバランスが取りやすい為、視界から消えた”それ”を追いかけるべく、「  」は手足を前に動かした
「  」は”それ”のように足だけで動く事がまだ出来なかった。重心の運びが難しいようで、立つ事は出来ても歩く事は出来ず、1歩歩けばベシャリと音を立て大体地面に伏せている。地面と衝突した膝や顔がジンジンと痛むが、「  」は痛みとして理解して居なかった。ただ、”それ”を真似し、失敗し、四足歩行で今日も後ろを着いて回った。だが、ある日から”それ”と同じように歩く事が出来た。「  」も理解は出来ていなかったが、”それ”は大層嬉しそうな顔をして言葉を紡いでいた。
「  」は今日も”それ”について回る。人間というものはまだ理解してはいなかったが、「  」にとっては”それ”はよく見ていた物体であり、初めて興味を示したものあった。”それ”は前までは自分の視界に入り、こちらを見ていたのに、今では全く興味を示さない。いや、後ろをついて回れば”それ”は言葉を紡いでるのだが、「  」にとってはただの音としてしか認識しておらず、言葉の意味を理解してはいなかった。今日も”それ”は自分の前を歩き、こちらを見向きもしてくれない。「  」は目の前でユラユラ揺れる伸びきった髪を思いきり引っ張った
”それ”は振り向いて「  」を見た。痛みと怒りで涙目になりながら険しい顔をこちらに向けている為、前のような笑みは浮かべてないが、前のようにこちらを見つめてきた。もう一度横に垂れた髪を引っ張ろうとするが、その手を”それ”が先に取り、ギュっと握ってきた。その手が自分よりも暖かくて、少し小さくて、身体の中心がほわほわするような、心が軽くなったような、そんな感覚に陥った
彼が初めて感情を持った瞬間だった