体温

ここには同じように手足を持つ物体が居ると理解した彼は、自分も音を出す事が出来るのではないかと思い至った。原理はよく理解出来なかったが、声を発する事に成功し、自分も同じように出来る事を理解したのか、クーイングをするようになった。それをする事によって周りの人間が何だ何だと気に掛けてくれ、”それ”―――彼女もよく振り返りこちらにパタパタ駆け寄ってくれるようになった。
だが、それも最初の内だけで、あまり理由が無いと感じ取った周りはクーイングをしても良くてこちらに顔を向けてくれるだけとなり、次第に周りの声にかき消されるようになってしまった。何故なのかよく理解出来ない彼は、それでもクーイングを続け、彼女の反応を待つ
「はいはい、なあに」
「あー」
「どーしたの」
「???」
「廃材取りに行かないとだからまた後でね」
「うー」
言葉を理解出来ない彼は、今から何処に行くのか、何をするのか分からないまま拠点から出ていく彼女の後ろについて行く。彼が後ろから声を発すると、やっと着いてきた事に気づいた彼女は「もう、はぐれないでよね」と彼の手を繋いで並んで歩いた。彼はぽかぽかした気持ちになりながら、彼女に手を引っ張られ着いて行く。それが嬉しくて隣に並ぶ彼女に声を発してみるが、「はいはい」と言われそのままこちらに見向きもしてくれない。何故前のように自分の事を見つめてくれないのか、彼は横顔に掛かる彼女を横髪を空いてる片方の手で引っ張る。すると彼女は痛いと叫びながら見つめ返してくれ、それが例え叱責の言葉であろうと何かしら反応をくれるのが嬉しかった。勿論彼は言葉を理解していないので叱責されようが全く改善はされないのだが。

彼は彼女の髪を引っ張ると反応を示してくれる事を学習した。反応が無い時にグイグイ引っ張り、毎度怒られる。最初はめっ!と親指をだけを立てて駄目だという行為を彼女が教えようとしたのだが、それも失敗に終わる。真似をしようと動かす彼の手を包み、親指だけを立てて「こうだよ」と教える始末。1度、手をグイッと彼の顔に近づけたら口に含まれ、それからは胸の前でバッテンを両腕で作るが、いまいち効果は得られなかった。
それが何日も続いたせいか、虫の居所が悪かったのか、今日も同じように髪を引っ張ると「やめてって言ってるでしょ!!!」と声を荒げ、彼女は彼を突き飛ばしたのだ。
後ろにバランスを崩した彼は尻餅をついた。下から見上げる彼女は乱れた髪は顔を隠し、怒りと興奮で身体を震わせる。周りも大きな怒声に驚き、どうしたどうしたとちらほら顔を覗かせた。近くに寄ってきた彼女と仲が良い人間が背中を摩ると、そのまま彼女はボロボロ零れる涙を手で擦り、拭おうとする。そんな反応を初めて見た彼は、身体の温度が下がるような感覚と、胸がギュッと締め付けられる感覚に陥った。
気がつけば頬に何かが流れた。彼はそれを涙という事は分からず、視界がぼやける感覚がこのまま彼女の事が見えなくなってしまうのではないかとただただ怖かった。泣いていた彼女が彼を見るや否や、そのまま彼に近づき抱きしめた。ごめんね、痛かったよね、ごめんね、と懺悔を繰り返しながら彼の肩に顔を蹲めた。
「う"ぅ〜」
「ごめんね、ごめん」
「ん"〜」
背中を一定のリズムで叩かれ、彼も彼女の背中に手を伸ばす。お互いの涙が途切れるまでそうやって過ごした
彼の知った2つめの感情だった