口喧嘩 上
ポートマフィアのとある一室で、それは起こっていた。
「そもそも中也には関係無いじゃない」
「はぁ…!?んだよそれ…!」
片や書類を片手に仕事を進めながら淡々と言葉を発し、片やその隣に立って顔を真っ赤にして荒々しい口調で憤怒している。
「手前なんかもう知るか!」
「あーはいはい分かりました。私も中也の事なんか知らないよ。」
「ッ…!手前の顔も見たくねえ!」
「あっそう。じゃあこの仕事も全部自分でやってね。私ここから出て行きます」
「は!?あ、おいちょ…」
売り言葉に買い言葉というのが適切だろう。あくまで淡々と返事をする名前の真意は読めないが、頭に血が上って普段突っぱねるような事はしない中也はやってしまったと後悔した。
そのまま仕事場を後にする名前の背中に手を伸ばし、やがて押しつけられた書類を見て途方に暮れた。
場所は変わって、紅葉の所に名前は居た。
首領を除いて、中也が唯一頭の上がらない人間だと名前は知っていた。元々それなりに関わりがあるので、今では中也から逃げる時の手段の1つとなっている。紅葉も厭がった素振りは全く見せず、むしろ楽しそうにニコニコ名前の世話を焼いている位だ。それなりに関係性は良好である。
「して、今回はどのような喧嘩をしたのじや?」
野次馬精神が働いた紅葉は名前から詳細を聞く。22にもなって毎回子供のような喧嘩をしているので、楽しんでいるのは紅葉の胸の内に秘め険しい顔をする名前の顔をじっと見つめる
「うーん…正直中也が怒る理由が分からないんですよねぇ…」
「と云うのは?」
名前は険しい顔のまま、数分前に起きた喧嘩を事細かに話しだした。
あれは仕事場に戻ってきた時であった。扉を開ければ中で仕事をしていた中也が目を釣り上げて名前にズカズカと近づいた。
「おい名前!先刻歩いてた男誰だよ!?」
「え?知人だけど」
先程歩いていた男というのは、下級構成員時代の時に話を何度かした男であった。殉職率が高いこの職業で長く生きている異能を持たない一般人、顔を合わせればそれなりに話をするのは至って自然の事であった。
「はぁ!?あんな奴知らねえぞ!」
「そもそも何でそこまで中也に報告しないといけないの?」
名前は声を荒げる中也を宥める事も無く、デスクに座ってパソコンの電源を起動した。名前はパソコンのキーボードを打ちながら中也の相手をする。
「善いから教えろや!」
「中也、前々から思ってたけど本格的に姉離れしなさい。」
「今そんな話してねぇだろうが!」
その態度が気に入らなかったのか、中也はデスクを叩き大声で名前に言葉をぶつける。
「そもそも中也には関係無いじゃない」
こうして喧嘩はヒートアップして中也に勘当紛いの事をされたと云う訳だ。
紅葉はこの話を聞いて中也を哀れんだ。
「さすがに22にもなってずっとベッタリは駄目だと思うんです」
「そうかえ?」
「ええ。中也の為にもなりません」
好きな女に対して嫉妬する男が、名前の前では姉離れ出来ない弟にすり替わってしまうのだ。哀れみもするであろう。
「中也に恋人の1人や2人出来ればちょっと改善するかと思ったのですが、女の影も見えません」
「名前が恋人になってみたらどうじゃ?」
「え?私?無いですよ、中也の好きは姉としてですし」
紅葉は中也が可哀想に思えてきた。空回りはすれど15歳の頃からちょこちょこアタックをしているにも関わらず、全くと云って善い程気付いていない。鈍感にも程があるのでは無いだろうか?
まあ、痺れを切らした中也が謝って名前を回収しに来るであろう。問題は、反動で数日名前にベッタリ引っ付く中也を目撃する事位か。
「今日は中也の事は忘れ、私と茶会でもどうじゃ?」
「え、善いんですか?是非」
紅葉はこのひと時を楽しんだ。