口喧嘩 下
名前と紅葉が茶会を楽しんでる一方、中也は涙目でデスクに鎮座していた。
名前が出て行ってすぐ、「彼奴なんか居なくても問題ねえ」と威勢を張っては名前のデスクに置かれた書類を自分自身のデスクに移動した。最初の方は意地になって書類を名前より早く片付けてやると意気込んでいたが、普段やらない人間はどう足掻いても出来る筈は無く。手が止まっては名前に助けて貰おうとそちらを見、奴は居ないし自分1人で出来ると再度意気込み、また手が止まっては助けて貰おうとする。それを幾度か繰り返した後、中也は頭を抱えて発狂した。
「だぁあ!!!んっだよこの書類の山!!!誰がこんなに放置してたんだよ!」
「中原幹部です」
「つーか名前も何で出て行ってんだよ!仕事終わらねえじゃねーか!」
「中原幹部が追い出したからです」
「うっせーよ分かってるわ!!!」
逆ギレのオンパレードをして落ち着いた後、静かに書類に向き合った。一時は静かにペンを走らせ、手を止めれば考えに考え込みまた走らせる。やっと書類を数枚を片付けれた時、中也の頭に名前が思い浮かんだ。
先刻は言い過ぎたな、嫌われていないかな、何処に行って何をしてるんだろうか。集中力も切れ名前の事で頭一杯になっていた時、部下に手が止まってる事を指摘され最初は手を動かすのだが次第に頭は名前の事で一杯になった。長年中也の下に付いてる古株の部下は、それに気付かない程鈍感では無い。
「中原幹部、名前さんに謝られては?」
「…分かってるわ」
ただのみみっちい子供のような嫉妬で、名前に対して酷い物云いをしてしまった。名前は許してくれるだろうか、少し心臓がキュッとなりながら名前と会うのを後回しに中也はダラダラと仕事を進めていく。
それから数日が経過した。書類の山がほんの僅か軽減された程度で名前との関係性は全く変わらなかった。
廊下で鉢合わせる寸前に中也が隠れてしまい、名前は気づかぬまま足を動かす。その背中を寂しそうに眺めて終わるまでが1つの流れとなっていた。それを目撃した紅葉が白い目で中也を見、芥川や樋口には奇妙な目で見られ、尾びれに誤情報が付いたまま話を聞いた首領には労られる始末。そして遂に中也の堪忍袋の尾が切れた。
「だぁぁあ!!!んっだよ皆してよ!!!なぁにが名前が異動しただのマフィアを辞める気だの姐さんの仕事を手伝ってはそっちに行きたいだの!!!流した奴誰だよ!!!」
「さあ?」
余談であるが、最後の言葉は本人が云った事である。嘘か本当か分からない情報が出回ってる中、中也はその真実を知らない。
「挙げ句の果てにゃ俺と別れただぁ!?…誰だよそれ流したの」
「何で嬉しそうなんですか」
「うううう嬉しそうにしてねぇよ!」
頬を染めながらギャンギャン叫んでいる所で説得力は無いが、話題にしていないだけでもっと色んな噂が流れているのだ。早い事手を打たねばと気が焦る一方、名前を見かけた瞬間に姿を隠すチキンっぷりを発動していた。
「よ、よし。次名前と出会ったらちゃんと謝る。よし。俺はやる」
「その前に仕事して下さい名前さんに怒られますよ」
「はい」
そう意気込んで見切り発車のまま、仲直り大作戦が決行される事になった。
手持ち無沙汰になった仕事の早い部下のお陰で、みるみる内に中也のデスクから書類が消えていった。一旦休憩と称して中也は廊下を練り歩き名前を探せば、彼女の声が聞こえた。近くに居ると確信した中也は、廊下を見据えて名前が来るのを待った。
「…で、何してるんですか?」
「見りゃ分かんだろ、偵察だ」
中也は隠れた。名前から見えない所に身を隠して彼女の後ろ姿をじっと見ていた。
「それは敵前逃亡と云うのでは?」
「んなッ!」
様子を伺いに来た部下は、上司の情けない姿を見て呆れた顔をしながら中也を見つめた。
「ちっげーよ彼奴は今樋口と喋ってんだろうが、邪魔しちゃ悪い」
「そう云ってたら好機は来ませんよ。名前さーん!中原幹部がご用あるみたいでー!」
「ああああちょ、待て」
中也は目を見開いた。まさか部下が名前に話しかけるとは思いもしなかったからだ。名前はけろっとした表情で振り向いては中也の所まで足を運び「なあに?」と言葉を放つ。
「あ、のよ」
「うん」
中也は名前の顔を見れず、視線を定めぬまま緊張した面持ちでか細い声を出す。その言葉をじっと待つ名前との間には沈黙が走った。
「…酷い云い方しちまって、悪かった」
「うん。善いよ。私こそちょっとムキになっちゃってごめんね」
「否、手前は悪くねぇ、俺がみみっちい嫉妬しちまったのが悪い」
「じゃあおあいこ様で」
「ん」
こうして部下のお陰で仲直りを遂げた2人であった。
それから数日、名前の居る所は必ず中也の姿が目撃され、名前はやれやれと云った表情で適当にあしらっていたのであった。