ふさわしい話

自分はとある審神者である。
審神者になって早5年程であるが、成績も普通、刀剣の集まりも普通、何かに秀でている訳でも無い平々凡々の本丸を経営している。そんな自分は日課任務である演練を消化するべく演練場へと足を運んだ時の話だ。
「シロー!シローやーい!」
「主、こっちには来てないんじゃないかい?」
「かなぁ…あっちを探そう」
目の前で喋る女性と、近侍であろう刀剣男士が一振辺りを見回して歩いている。どうやら「シロ」という人物を探しているのだろうか、その表情は険しい。
刀剣男士が迷子になるのは決して珍しくない。人の波に飲まれてしまった短刀、好奇心旺盛な鶴丸、のんびりマイペースな三日月や鶯丸、膝丸の居ない本丸髭切。それ以外にも色んな要因が重なって刀剣と審神者が逸れる事が多発したので政府は迷子のアナウンスを設置するようになった程である。そのシロという人物と出会えれば良いなと自分の刀剣と話した。
「すまん、ちょっと聞いて良いか?」
「あ、どうしました」
「ここらで迷子の主を見なかったか?背はこれ位の可愛い女子なのだが」
「嗚呼、それ位の子ならあっちに行きました」
「そうか!すまんな!」
背後から声を掛けてきた鶴丸はどうやら迷子になってしまったらしい。主を探しているようで余裕綽々で陽気な姿とは違い、少し焦っているようだ。バタバタと指差した方向に走っていく鶴丸を見送り自分の近侍に声を掛ければ真っ青な顔をしていた。トイレでも我慢しているのだろうか?
「あの、すみません。ここにシロ…えーっと、鶴丸国永?を見てませんか?」
「あ、さっき声掛けられましたよ。向こうの方に走って行きました」
「完全にすれ違ったね…」
「そだね…すいません、ありがとうございます。」
先程声を掛けてきた鶴丸の審神者なのであろう彼女と刀剣男士は、困り果てた表情で鶴丸が行った方にトボトボ歩いて行った。

そろそろ集合時間が迫ってると近侍に言われ、振り分けられたブロックに移動を始める。あの審神者と鶴丸は出会えたのだろうか?
「ん?人だかりが出来てる」
自分に割り振られたブロックの前に人だかりが出来ていた。野次をするにも時間が時間だしとその場を通り抜けようとした中心、そこに先程の審神者と高圧的な男が立っていた。
男は有名人だ。よくレア刀を連れては見せびらかし自慢するような悪目立ちをする男であった。このサーバーでは初心者を中心に高圧的な態度を取るとよく噂になっている、この男は自分と同じブロックなのだろうか?だとしたらとんだ災難だと項垂れながら野次の中に紛れる。
「主!」
「シロ!何処行ってたの!」
「いやあすまんすまん、わっと驚かせてやろうと思ったら逸れた」
「全く…」
先程までそれはそれは刀自慢で1人勝手に盛り上がっていた所、彼女の前に鶴丸が現れ男の機嫌があからさまに悪くなった。鶴丸や彼女は全く男を意に介してないようだが。そういや、野次をしてる刀剣男士がどよめきだしたがどうしたのだろうか。
「貴様、鶴丸国永を所持しているのか」
「はぁ。」
「主行くぞ〜他の奴が待ってる」
「あ、もうこんな時間か」
これ以上関わるなと言わんばかりの空気を出してるにも関わらず、男は空気を読まずに彼女に突っかかっていった
「何故貴様のような初心者に鶴丸が来ているんだ!俺のような者に来るべきだろうが!」
「は?」
「貴様の鶴丸が可哀想だ。俺がお前の主になってやろう、来い」
途端に鶴丸の雰囲気が変わった。野次をしてる自分達でさえも一歩も動けない程に気圧されてる、殺気だろうか?中心に居る彼女と男は全く動揺しておらず、男の刀だろう刀剣男士が男に牽制するが、それを振り払って鶴丸の腕を引っ掴んだ。
「こんな女よりもお前を大事に扱ってやる」
「触るな人間、俺の主を侮辱した罪は重いぞ」
「シロ!」
鶴丸らしからぬ怒気を含んだ低い声を出し刀に手を掛けた鶴丸に、臆さず腕にしがみ付く彼女に鶴丸は驚いた表情を浮かべる。
「こいつは主を侮辱したんだぞ」
「気にしてないから良いって。ほら行くよ」
そう去って行く1人と一振が人だかりで見えなくなった時、思わず呼吸が止まっていたようで噎せ返ってしまった。気圧だけで殺されると感じたのは後にも先にも無いだろう。真っ青な顔になってる近侍と共に自分達も移動を始めた。

そのブロックには彼女と男も居た。第1戦がその2人が戦うようで、男は諦めもせず彼女にこの戦いで自分が勝てば鶴丸も貰い受けるだとか言っていた。彼女は全く知らん振りをし、ただじっと位置に着く自分達の刀剣を見ている。男はその態度が気に入らないのか叫んでいたがそれでも彼女は無視。
刀剣男士が位置に着いた事により戦が始まった。男の刀剣の方が練度が高い、彼女が陣形不利の状態で始まり、決着が着いた。
決着は一瞬で済んだ。彼女の鶴丸が相手に刀を振るわせる間もなく6振全て倒したのだ。
先程まで吠えていた男は静かになり、彼女はただいつも通りと言わんばかりに立ち上がって刀剣男士を迎えに行った。男はこの後威張るような態度が減ったらしい。
それにしても、あの鶴丸国永は何者なのだろうと今でも疑問に思いながら今日も演練場に足を運ぶのだ。