ずっと好きな女が居る。
その女は隣に住んでおり、俗に言う幼馴染だ。話を聞くに俺が生まれた時から既に彼女の両親はそこに住んでいたらしい。
年は1つ下で、小さい頃はよく「真君がお兄ちゃんだね」と相手の両親に言われて育ってきた。親が家を留守にしてる事が多かった家庭の為、必然的に頼るのは彼女の家であった。血は繋がっていないが妹が出来たように感じていた俺は、よく彼女の世話を焼こうとして空回って突っぱねられていた。
いつからであろうか、名字名前を好きになったのは。
幼稚園の頃からは既に彼女と共に過ごしたいという気持ちが強かった。それは自分の思い通りにいかない彼女に憤りを感じてムキになっていたのか、それとも彼女の兄的存在として世話を焼かないといけないという義務感か、はたまた本当に惚れていたのかは分からない。

好きという気持ちは、そう単純に無くす事は出来ない。
猫被りのお陰で中学の時には相当モテてよく告白されようが、毎度脳裏にちらつくのは彼女の顔であった。校舎裏に呼び出して告白してくるのが名前だったら、と何度も考えては非現実的な事だと頭を振る。彼女は中学受験で帝光中学校に入学してしまったのだ、そういうシチュエーションには必ずならない事に何処か落胆してしまう自分が居た。
中学の頃に彼女に恋人が出来ようが、好きな人が出来ようが彼女を諦める事など出来なかった。相談出来るのが俺しか居ないからと恋愛経験などこれっぽっちも無い自分に赤裸々に語る彼女を、無理に犯して自分の物にしてやろうかと何度も考えた。実際行動を起こせば当然問題行動になり、今の幼馴染という関係も簡単に崩れるのは目に見えていたし勝算が0になるのは分かりきっていたのでやらなかったが。全く、恋人の1人も作らず1人の女の為に耐えに耐えてる健気な自分を褒めて欲しい位である。
惚れっぽい性格…というよりは唯一付き合っていた元恋人を忘れる為にムキになっていた彼女は、高校を進学した途端にぴたりと止んだ。まだ入学して半年程度しか経過していないからそういった余裕も無いのかと思っていたが、どうやらそうでも無いらしい。彼女の周囲に恋愛脳の人間が多すぎたから感化していた部分もあったのだろう、頬を染め上げキャーキャー猿みたいに騒いでいた姿は鳴りを潜め、今の彼女は俺の前では仏頂面か顰め面で対応してくるようになった。ったく、変わり身早すぎだろ。

”今日お父さん帰ってきたからご飯作れないです。ごめんね”
”ぼっち飯極めて”
1対1のコミュニケーションアプリに入った通知であった。明日にでも会ったら絶対ぶん殴ろうと決意をしながら、温めれば即完成する弁当を食べる。彼女が居ればそうでも無いが、自分の分だけを作るのは大変面倒でつい手を抜いてしまった。栄養も随分偏っているだろうし、現役運動部が食べる食事メニューでは無い。テレビで毎度流している某推理アニメを流しながら弁当を口に運んでいく。
「あいつこういうの好きそうだな」
俗に言うラブコメというものだ。訳有りで中々進展の無かった幼馴染に漸く恋人同士になる。
正直羨ましいと思った。こんなに想われているこの男が。柄でも無いが、彼女を想う気持ちは誰にも負けないと自負している。ならばそろそろこいつらみたいに進展があっても良いんじゃないか畜生。幼馴染というとても身近なようで俺にとってはとても遠い関係性を崩す事は、臆病な自分が住み着いて中々思い通りに行かない。鬱憤は飯を豪快に掻き込む事によって少し晴らし、今頃父親と呑気に飯でも食ってるだろう彼女の顔を思い出す。
あー、会いてえな。空になった弁当の箱を分別してごみ袋に詰めていく。
「はぁ…」
自室に戻ってぼんやりとSNSアプリを開く。これから部員の練習メニューや場所の確保、備品の調整やらその他諸々やる事が多くて忙しいのだが、なんだかやる気が出ず少しだけ息抜きでもしようと眺めていた。
名前『あー幼馴染と付き合うとかやってみたい…』
「は?」
落ち着け、落ち着け俺。心を乱すな。息を大きく吸って、吐く。
あいつの事だ、漫画のシチュエーションの一環として言ってるだけだ。結構顔に心情が出てしまう彼女は俺の事を好きという素振りなど見せなかったし、望みは薄いだろう。でも、ここでもしちょっと仄めかすような返事をすれば、ちょっと位進展があるかもしれないのでは無いだろうか。もし無かったとしてもSNS上の戯言だと適当に流してしまえば良い。何て書こうか、どういう返事をすれば断られた時に後腐れないまま幼馴染という関係性を継続出来るだろうか。
「『なら付き合うか?』…いや、他に何か…あやべ、送っちまった…!」
文字を消そうとタップした所が目測見誤って送信ボタンを押してしまった。1度行ってしまった通知は相手のスマホ上消える事は無いし、今消してしまえば逆に怪しまれてしまう。何て返事が来るだろうか、心臓が暴れ狂って気が気じゃねえ。気を紛らわそうと練習メニューを組み立てるノートを開いても、頭に思い浮かぶのは名前の顔で一向に集中出来ねえ。もう携帯に貼り付いて彼女の動向を見ていた方が楽なのではないかと携帯に手を伸ばしたその時であった。
ピロン
通知が入った連絡であった。掴んだ手によって通知部分が重なり見えない。なんて返事が来たか想像するだけで吐きそうだった。
「うっぷ、」
口を押えながら暗くなった画面を恐る恐る明るくさせれば、確認する間もなく指紋認証でそのままSNSの画面まで飛んでしまった。
『ちゃんと面と向かって言ってくれるなら応える』
俺は反射的に彼女の部屋と繋がる窓まで移動した。

ずっと好きな女が居た。
その女との関係性は、この窓を開けて一言言えばあっという間に変化するだろう。予測とかじゃなくただの直感であるが、なんとなく確信があった。
ただ一方的に好きだった幼馴染という関係から、ずっと望みに望んでいた恋人という関係に変化すると。