※双子。20歳設定
※ただの兄妹愛

「…は?」
青峰大輝の思考は停止した。目の前でしれっと会話を続ける妹の話なんざ頭に入らず、ぽかんとした表情を浮かべながら彼女の顔を見つめる。
”婚約者”。今目の前に居る最愛の妹はそう言わなかったか。青峰はいつ連れてくるのか問いただす。
「い、いつ…?」
「え?あーいつにしよっかな…明後日にでもするよ」
「早くね?」
「早い方が良いじゃん」
既に話を終えたらしい妹は至って変わりない表情のまま何処かに行ってしまった。青峰はただ妹の背中を見つめる事しか出来なかった。
妹の婚約者。どんな奴だ…?全く想像が付かない。そもそも妹と恋愛話なんざこっ恥ずかしくてする事なんか無いので、彼女のタイプだとか全く知らないのだ。とりあえずとんだクソ野郎だったらタダじゃおかねえ。
舐めてくるような奴でもタダじゃおかねえ。青峰は舐められない態度を取られない為にはどうするべきか考えた。そもそも、褐色の肌に高身長、鋭い目つきをした彼は並大抵の奴は舐めるような態度を取らないと思うが、青峰にはそういった発想は持ち合わせていない。まあ、キセキの世代といった変人達の巣窟の中に居れば認識を誤る事もあるだろう。
そういや火神はアメリカ育ちだったな。よし、ちょっくらテツを介して相談でもして貰おう。普段であれば火神に頼るなど癪であるが、背に腹は代えられない。青峰はスマホを手に取って黒子テツヤの番号をタップした。

「何で誠凛の奴ら居んの?」
「会う約束をしてたんです。」
「お前が5分だけで良いからっつったんだろーが」
妹から婚約者の話が持ち上がった次の日。
待ち合わせ場所に指定したマジバの店内に入ればすぐに目的の人物は見つかった。が、黒子と火神以外に福田、河原、降旗、1年上の誠凛の先輩達の顔も勢ぞろいしていた。話を聞けば元々彼らと会う約束をしていたらしく、”絶対今日じゃないと駄目だ””10分…いや、5分だけでいいから”と青峰が今回ゴリ押しして会う約束を取り付けたのだ。輪の中に入れられてるのは青峰の方である。流石に誠凛の人達と顔を合わせるとは思っていなかったので、図太い精神をしている彼でも少し気まずさを持ち合わせた。
「で、何だよ話って」
「お前アメリカ居たんだよな?銃って詳しいか?」
「は?」
銃という単語が出た瞬間、誠凛の皆が火神と同じように”は?”と声を漏らし、口をぽかーんと開けた後騒めいた。そりゃそうだ、何に使用するのか全く分からないし、そもそも用途が用途なだけあって使用するにもロクなものでも無いだろう。
「だから拳銃だよ拳銃。バーンってする奴。知らねーの?」
「いやそれ位知ってるわ!!!」
「待って下さい、とりあえず最初から説明して下さい」
手で拳銃を作って説明し、こいつ馬鹿なのか?といった表情を浮かべる青峰と、そんな青峰の態度に青筋を浮かべて拳を握る火神。そんな彼らを黒子が落ち着かせ、詳しい話を青峰にして貰う事にした。
「名前が婚約者連れてくるんだと。まだ20歳だぜ?早くね?」
「名前?」
「青峰君の妹さんですよ」
「青峰の妹…」
「言っとくがおめーが考えてるような奴じゃねーよ。双子の妹なんだけど俺に似ずちっせーし可愛い」
「青峰の口から…可愛い…?」
「お前一発殴らせろ。な?」
青峰に三つ編みを付けた姿を想像した火神は、まじかよと言った表情で青峰を見る。手に取って分かる火神の思考に、彼の胸倉を掴んで拳を握る青峰。流石に喧嘩沙汰になればマジバから追い出されるだろうと思った黒子が「青峰君、火神君に聞きたい事あったんじゃないですか?」と助け船を出す。やれやれ、何で彼らはこんなに喧嘩っ早いのか。黒子は呆れたように彼らを見守る。
「ちなみに名前さん…青峰君の妹さん、1度見ましたが全く似てませんよ。似てるのは髪の色位です」
「まじかよ…青峰に三つ編みしたような奴だと思ったわ…」
「逆に気持ち悪ィだろそんな女居たら」
既にこの時間で5分は優に超えている。フリーダムな彼らにしちゃ制限時間などあってないようなものだ。他の面子は青峰の相談を気にしつつも、話の進まなさに飽きたのか頼んだメニューを食べそれぞれ談笑している。
「何で婚約者の話から拳銃の話になったんだよ」
「あ?舐めらねえようにだよ。後名前に何かしたら撃つ」
「お前が言うとガチに聞こえるわ!後その見た目じゃ早々舐められねーよ!」
黒子が頼んだセットメニューのポテトを勝手に摘まみながら青峰はしれっと答える。全員ドン引きの表情であったが、1人だけ違った。
「分かる、分かるぞ青峰…!お前の気持ち、よく分かる!」
「パパ、何でここに居るの?」
相田景虎である。何処から出現したか分からないが、しれっと会話に参加してはしれっと席に座って居座る気満々の状態であった。
「俺もなぁ、リコたん…ああ娘な。娘が彼氏を連れてこようものなら手段は選ばないつもりだ…」
「おっさん話分かんじゃねーか」
ガシッ!2人は固い固い握手を交わして結託した。リコはその場で憤怒し、他の人はドン引きだ。
「よーしおじさんがオススメの奴紹介してやるよ。こっち来い」
「おっさんあんがとよ」
「礼には及ばねえ、可愛い可愛い妹ちゃんはお前が守れよ」
「たりめーだ」
こうして2人はマジバを後にした。
残された誠凛メンバーはどうする事も無く、去っていく2人の背中を見つめた後、久しぶりに会えた事に盛り上がった。

拳銃を購入した次の日。妹が婚約者を連れてくると言った問題の日である。
いつも昼過ぎまで眠っている青峰はその日、珍しく朝から起きていた。いや、一睡もしてないと言った方が正しいか。
眠れなかったせいか充血した目が悪人面に磨きが掛かり、ちびっ子は彼を見れば泣いて逃げるだろう。そういった風貌であった。
妹はと言うとそれはそれは驚愕の表情を浮かべていた。年単位で自分より早起きする兄を見た事が無かったからだ。驚くのも無理は無い。
青峰は早速部屋に籠って拳銃の扱い方を思い出す。誤って暴発でもしたら危ないと景虎に色々仕込まれたのだ、スッカスカな脳みそで昨日の出来事を思い出して想像でイメージを作りだす。よし、完璧だ。
いつ来るのだろうか、婚約者という奴は。そわそわ落ち着かぬ様子で狭い部屋を右往左往している。妹も妹で家に出る気配は無いし。
ガチャ…バタン。
青峰は部屋を飛び出して玄関に向かった。きっと婚約者だ、そうに違いない。
「大輝…何してんの…?」
「あ?お前何してんだよ」
「郵便受け見に行っただけだよ。え、何その格好?」
適当なシャツとスエットといった部屋着の上から防弾ベストを着用し、何故か白い安全ヘルメットを装着している。正直言ってクソダサい。
「あ?これでお前の婚約者を迎えるんだよ」
「婚約者?何の話?」
「は?お前今日連れてくるって言っただろ」
「言って無いしそんな相手も居ないんだけど…」
「え、じゃあ一昨日言ってたのは何だったんだ?」
「…もしかして、」
〜〜〜
『こんにゃくさーあんま味無いからってそんなに食べようとしないじゃん?』
『…は?』
『大輝が好きそうな味のレシピ見つけたから今度作るね』
『い、いつ…?』
『え?あーいつにしよっかな…明後日にでもするよ』
『早くね?』
『早い方が良いじゃん』
〜〜〜
「”こんにゃくさー”を”婚約者”に聞き間違えたんじゃない…?」
「は?聞き間違いかよ紛らわしい…本当に居ねーんだろうな?」
「居ない居ない。とりあえず笑いそうだからその格好何とかして」
「…」
青峰大輝の暴走はこれにて終結した。