※下ネタ、女を何とも思って無いようなゲスい思考注意

花宮真という男が居る。
霧崎第一高校に通う男子学生だ。頭脳明晰、運動神経も抜群、人当たりの良い性格をしており、顔も整っている。何処を切り取っても完璧な男に見えるだろうその男は、部活に関しては豹変する。
人の不幸は蜜の味、ラフプレーで相手の体を壊す、悪童。学校生活では全く想像つかない程の性悪っぷりだ。
そんな悪童が、まさかの恋に落ちた。彼はその女を”体の良い欲を発散出来そうな道具”だと比喩して決して認めてはいないが、確実にこれは恋であろう。
花宮真という男はとてもモテる。先輩や後輩、性別問わず色んな人から告白を受けているが、毎度部活のせいにして断っている。そんなモテ男であれば適当に付き合って適当に欲を発散させ、面倒になれあ捨てる事など花宮にとっては造作も無いだろう。いや、むしろ相手から別れを告げて貰えるようにコントロールするだろうし。だから扱いやすくて自分の思い通りになりやすい頭の悪い女をタイプと言い張っているのだが、彼が好きだと言うのは頭の良い女であった。
花宮が好きになったのは名字名前。花宮と同じクラスの女子だ。俺は花宮と同じクラスでは無いし、その女と同じクラスになった事が無いのでどういった人物像かは分からないが、風の噂では頭が良くて成績も常にトップクラスだと聞いた。
廊下を通りがかった時に見かけた姿は、ミディアムヘアを三つ編みにして落ち着いた赤渕眼鏡を掛けたパッと見冴えない女。そんな女は軽音楽をしているようで、1年の時行われた校内限定の文化祭ではステージの上に立ってギターを響かせながらボーカルも務めていた。あの時の声量や歌声は忘れられないだろう。結構上手かった。関わった事は無いが、案外暗い性格では無いのかもしれない。
話が逸れたが、その女と隣の席になった時に花宮は恋に落ちたらしい。
それからというものの、席が離れても毎朝「おはよう」と挨拶しに行く。教師に頼まれ事をされた時、面倒事を嫌って回避行動を起こす花宮から率先して手伝う。常に会話の機会を窺い、話のネタになりそうなものがあればすぐさま彼女の所に言ってしれっと話しかける。
「こんなにもアピールしてやってんのに、女の方は全く振り向いてくれない」「家に帰っても次はどういった事をして彼女を落としてやるか模索してる」と以前言っていた。「それは恋じゃないのか?」俺が問うたが「これは恋じゃねえ、俺が愉しく遊ぶ為にやってる事だ」と彼は全く認めない。
遊ぶだの何だの言ってるが、この男、童貞である。遊ぶどころか付き合った事も無いのに何を言っているのだか。原が以前指摘したら練習メニュー3倍になったので経験の有無については触れないように心掛けている。
最近彼が話す事はめっきり彼女の愚痴ばかりになってしまっていた。それ程彼女が花宮の奥底に入り込んでいるようで、人気の少ない廊下などで顔を合わせればあの女、部活の休憩中に話しかければあの女、俺の前で口を開けばあの女から始まる。最早思考までも乗っ取られてる程だ、彼の初めての恋は歯止めが利かない所までに陥っていた。正直言ってあの悪童がちょっと頬を染めて恋をしてる顔をするのが鳥肌ものであるが、それを言えばきっと死ぬので適当に相槌を打って回避する。この時ばかりは死んだ魚のような目をしていて良かったと思う。
前置きはさておき、今俺は面倒な事に巻き込まれてしまった。単刀直入に言えば花宮真の愚痴を聞いているのである。
放課後、数学で少し躓いたので部活の前に花宮に聞こうと隣の教室に訪れた時だ。誰も居ない教室に花宮は1人で居り、日直なのか面倒そうな表情を浮かべて日誌に文字を綴っていた。その彼に近づいて教えて貰い、なんとか理解したまでは良かった。
「先に部活に行っておく」
「待て、後少しで終わる」
と言われて彼の日誌を書き終わるまで待っていようとしたのが間違いだった。彼は器用にも女の愚痴を言いながら日誌を書き進めはじめたのだ。
「あの女ほんっと何だよ…この俺が直々にアピールしてやってるんだぜ?」
その言葉はもう何十回も聞いた。
「いい加減頬染めるとか何かリアクションしろよクソ」
今日も思い通りにいかない女に向けての愚痴を飽きもせずに同じ事を繰り返している。花宮の愚痴を聞くのが大変面倒なので俺的にもそろそろ靡いてくれて良いと思う。
「まあそろそろ靡いても良いとは思うがな」
「だろ?あーもうクソ、腹立つ…」
話の方に熱弁してしまったせいで日誌が全く進んでいない。一応監督である彼が抜けているこの数分間は原や瀬戸を筆頭にだらけにだらけている頃だろう。さっさと終わらせて欲しい所だが、彼は彼女の事を思い浮かべているのか頭を掻いて苛立ってそれどころでは無さそうだ。大まかに逸らすとあからさまだろうし、ベースは変えず少しだけ話を逸らそう。
「花宮はそんなにあの女の事が好きなんだな」
「ふはっだからいつも言ってるだろ…俺が愉しく遊ぶ為の道具にすぎねえ」
「そうか」
「ちょっと優しくすりゃああいうタイプはすぐ股開くだろ」
「全く靡いてないがな」
「練習…」
「すまない」
そう言う彼の表情は少し生き生きしているように見えるが。バスケで見せるような凶悪な笑顔とかではない、純粋に楽しそうな顔…きっとあの女が居なかったら在学中に拝めなかった表情だろう。
全く、さっさと認めれば良いものを。何故花宮は好きという気持ちを認めず、更には遊びと表現してしまうのだろうか?天邪鬼な性格故自分が振り回されるのが嫌なのだろうか。だから自分からは頑なに認めず相手を落とし、「仕方なく付き合ってやってる」という体を貫きたいのかもしれない。…自分ながら良い解釈な気がする。
漸く花宮が日誌を書き終わったと言って席を立ち、彼に続いて教室を出ようとした。
ガラッ
「「あ」」
名字名前が扉の前に立っていた。いつからそこに居たのかは分からないが、花宮を軽蔑するような目付きからして多分最後の方は聞いていたらしい。
「名字さん、どうしたの?」
「忘れ物しただけだよ。じゃ」
ゴミを見るような目付きをして突っぱねるような返事をする女に、花宮はただただ体を硬直させた。
…花宮真の初恋は前途多難のようだ。