堕ちる、ナンパの続き

産まれて初めてナンパといった類いをしたあの日から数ヶ月が経過した。
言葉巧みに連絡先を交換する方向に運んでからというものの、携帯の着信が鳴る度に変な気持ちになると花宮は自覚していた。
今まではそんなに携帯を気にするタチでは無かった。そもそも連絡先も母親やバスケ部の部員位しか入っておらず、女の連絡先なんざ面倒事しか待っていないと予測していた為声を掛けられても交換自体していない。あの日を境に、最低限の連絡手段として利用していた機械という認識から、気になる女と繋がる事の出来る唯一の物だという認識に変わったのだ。
「チッんだよ…」
読みかけの本をわざわざ置いてまで携帯を確認したというのに、来ていたメールは部活の人間からであった。溜息を零しながら携帯を操作していれば、1時間程前にもメールが受信していた事に気づいた。
「…!」
その受信相手が、ずっと連絡を待っていた女からであった。1時間程前となれば、丁度帰宅ラッシュの電車に乗り込んでもみくちゃになっていた時であったか。ならば気付かないのも無理はない。花宮は女の返答を見るべくメールを開いた。

「名字さん!こっちです」
「あ、花宮さん。お待たせして申し訳無いです」
「いえ、俺も今来た所なので。じゃあ行きましょうか」
先日、互いのおすすめの本を貸し借りをしようという口実を付けて会う約束を取り付けたのだ。お互い部活に入っているという事で中々休みが被らず、その話題が持ち上がってから3ヶ月は経過していようか、漸く彼女と会う事が出来た。長い長い期間待ちに待った日であったが故、前日は中々寝付ける事が出来ずに遠足が待ち遠しい小学生のような浮ついた気持ちで就寝したので正直言って寝た感じがしない。
寝付きが悪かった為、目が覚めるのもセットしたアラームより少し早く起きてしまった。デートする前の女のように鏡の前を占領し、何処か可笑しい点は無いか念入りに服装をチェックしては、彼女に出会えるのが待ち遠しく予定より大幅に早く家から出てしまった。
彼女は時間通りに来たというのに、自分は待ち合わせ時間15分も前に到着してまあ「今来た」などと言えたもんだと心中で苦笑をする。全く、自分らしくない。

昼時であるし何処か食べに行こうという事になり、近くのファミリーレストランに入って腰を落ち着かせた。適当に食べたい物を頼むと、これが本題だと言わんばかりに名前はすっと花宮の前に小説を置いた。
「私はこれがおすすめです。読んだ事ありますか?」
「いえ、こちらは無いですね…」
「あ、良かったです。花宮さんが持ってる小説の系統を考えて、ファンタジー系は持っていないと思って。あまり癖とか無く読みやすい物なので、新しい見聞を開けれたらと思って持ってきました」
確かにメールのやり取りで持ってる小説の話をした。それもほんの一部の小説しか挙げていないというのに、この女はもしや相当頭の切れる人間なのではないだろうか。若しくは帝光バスケの桃井の先読みのようなスキルを持っているか。どっちにしろ、自分の好みを知られてる事に関して少し嬉しい気持ちになった。
「有り難う御座います。俺はこの本がおすすめなんですが、読まれた事はありますか?」
「いえ、ありません。有り難う御座います」
最終的に笑顔で受け取った女の、その前の表情が引っかかった。少し気まずそうな表情が一瞬見え隠れし、表紙を凝視してながら取るのをためらう。その動作1つ1つが短いものだったので、きっと1つ上の眼鏡の先輩か自分と同等以上に頭が良い人間か人間観察に優れた人間位しか見抜けないであろうその反応に、「あ、こいつこの本読んだ事あるな」と気づいた。
花宮はやってしまったと内心舌打ちをする。数少ないやりとりの中、この女は自分の趣味趣向を理解しているのに対して自分は何も考えていなかった。最初に出会った本を見ていたせいでそこまで小説など読まないタチだと先入観が先走ってしまっていたからだ。
早くこの女の事をもっと知りたいと花宮はどういった流れで情報を引き出そうかと密かに企んだ。