私は猫である。名前はもうある。


私の名前は名字名前。一般の人には無い力を持つ、俗に云う異能力者の類いである。
私の異能力は戦闘向きでも防御向きでも無い。戦闘になれば使い道も特にない”猫になる異能力”だ。自分が今まで見たことのある猫であれば子猫から大人、種別もその時の気分により変化出来る代物だ。
この異能力は結構気に入っている。猫の世界というのは案外奥が深く、結構楽しい。猫の目線で街を歩け、身軽に飛べて狭い場所まで行ける、偵察に行く時に使えたりする。否、異能を使うのは仕事に運用する為にしかほとんどしていないが、まあ稀に上司や同僚から逃げる時にも使ったりする。固定の姿ではなく見た目を色々変えれる為、1度異能を使用すれば相手に見つける事は不可能だ。多分。
無断で職場を抜け出した後は勿論戻れば倍になって返ってくる。特に丸眼鏡を掛けた同僚は話が脱線していき食生活の乱れなども指摘される始末。以前、姑のようだと昔ポロッと口に出してしまった事があったが、地獄耳である彼は勿論聞かれていて小言はヒートアップした。解せぬ。

今日の自分には偵察の仕事があるため、既に異能力で猫に変化済みだ。
人の姿ではなく猫の姿なので距離が倍に感じるが、それはそれで新たな発見などがある。と言っても猫の餌場や通り抜けが出来るような道程度であり、異能力を発動させていない時には特に使いどころが無いが。

そんな事を考えながら、私は仕事場になる工場までの近道のルートになる橋を歩いていた。見知った長身の男性が2人その場で屯しているのを確認し、その姿をじっと見つめる。
片方はベージュのコートに身を包み、両手と首には包帯を巻いている自称包帯無駄遣い装置こと太宰治。
片方は長い髪を後ろで一纏めにし、眼鏡をかけ仏頂面で片手には「理想」と書かれた手帳を持つ国木田独歩
特に私自身は面識がある訳ではない。私の職場である内務省異能特務課とは少し繋がりがあり、武装探偵社の従業員の名前、異能力を書類上で把握しているだけなのだ。
盗み聞きするつもりは無かったが、話によると”人虎”探しをしているらしい。人虎は職場で聞いたことがある。どうやら裏の方では懸賞金が掛かっているとか何とか。
そんな事を思い出しながらふと太宰を見ると、太宰は手すりから身を乗り出しながら川を見ていた。
「いい川だね」と言うや否や、その川に飛び込んで行った。


そういえば同僚に聞いた事がある。人間失格という異能力を持つ彼は自殺志願者だと。
…国木田さん、お疲れ様です。
「太宰ぃぃいい!!貴様ぁぁああ!!」という叫びを聞きながら心で手を合わせ、仕事場へと向かった。