出会いは数年前の新入社の挨拶回りの時であった。
適当に決めたが、それなりに頭の良い学校に入り、特にやりたい事も目標も何もない、将来なんか全く考えていないまま適当に就職先を決めようとしていた矢先、内務省異能特務課から声が掛かった。俗に言うスカウトだ。表向きでは無いことになっている部署なので、こうやって資質のある人材を選抜して声を掛けているらしい。異能力を持っている事を知っていたらしいその就職先は、自分の異能力事をよく知っていた。異能力を持つ人たちの監視やら大義名分をつらつら語るスカウトしてきた人に、そんな大層な心持ちは無いが特に断る理由も無かった為適当に決めた。そんな折、彼と出会った。
ピシッと着こなしたスーツ、前髪を後ろに流し、自分の顔より少し大きい丸眼鏡。指の先まで伸ばしたいかにもガリ勉君という佇まいをした彼の第一印象は「絶対関わる事は無いだろうな」であった。適当にのらりくらり交わしながらノリで生きている私の学生時代は、最初に仲良くなった子がイケイケ系の女子であった為にスクールカーストで言えば中間の人間だっただろう。上位の人間とつるんでる下っ端のようなものだ。大人しい系のグループからは必要な事以外声を掛けられる事無く終わったし、こちらから話しかけに行っても一言二言のみで話が弾んだ覚えがない。きっと彼もそういうタイプだろうと決めつけていたが、そんな印象もすぐに崩れ落ちた。
昼時で込み合った食堂で、たまたま空いていた席が彼の前だったのだ。その席に腰を降ろし、黙々と魚の骨を取り除きながら綺麗に食べる彼を見て素直に感心したのだ
「凄い綺麗に食べるね」
「そうですか?」
「うん、確か坂口君、だよね?」
「ええ、まあ。確か貴女は名字さん、でしたか」
「うん、宜しくね」
「はあ。」
お互い新人という事もあったので、割り振られたデスクは遠く、必然的に会話は無かった彼に、ここぞとばかりに声を掛けてみたがあまり良い反応が無かった。やっぱり仲良くなれないタイプなのだろうか、自分で作って持ってきた弁当の蓋を開けて箸でつつく
「…それは貴女が作ったんですか?」
「え?うん、そうだよ」
「へぇ、料理は得意な方なんですか」
「いんやー普通かな」
「僕はあまり作れないので感心します」
「あ、ありがとう」
意外にも彼から話しかけてくれて、それから世間話に発展する。それからはたまにすれ違った時に少しの会話をしたり、時間が合えば昼食を共にする程度には仲良くなったのだ。
「いやー坂口さん凄いね、新人なのにあんなに出来るとか」
「名字さんが抜けているのでは無いですか?」
「えっ何それ酷い」
「クスッ」
「いつか坂口さん追い抜いてやる…!」
「それはそれは」
「その余裕絶対崩すからな!首洗って待ってろよ!」
「はいはい」
何だかあしらわれてる気がするがまあいい。余裕な笑みを浮かべながら眼鏡を直す彼に絶対追い抜いてやると決心し、心の中で燃えた。

「無理だわ」
「早すぎません?」
1ヶ月してからか、同期よりずば抜けて成果を上げている彼の成長というのは著しく、並に成長してる私は追い抜く事が出来ないだろうと結論付けた。やはりガリ勉眼鏡の見た目をしていた方が色々器用なのか?「何か言いました?」「いえ、何も」心を読む異能力でも持ってるのだろうか、冷や汗が流れる。
「せめて何かに勝ちたい…」
「はあ」
「うーん…あ、そうだ」
「何か思いつきました?」
「坂口さんより長生きする」
「それで良いんですか貴女」
「社畜の坂口さんすぐ死にそうだし、仕事面では勝てそうに無いしさー結構良い案だと思ったんだけど」
「まあ、貴女がそれで良いなら良いのですが」
「よし、私は坂口さんより長生きします!」
「はいはい」

それから数年が経過したある日、異能力の相性と元々の身のこなしを評価して貰い、偵察班として抜粋された私に初めて部下を持つ事になった。その事を坂口さんに自慢してやろうと探してみたが、全く見つかる気配が無くそのまま3ヶ月が経過した。部下を持つという事を事前に知らされていたので、マニュアル制作や他の仕事で立て込んでいたので気にする事も無かったが、そういえばちょっと前から昼を誘われる事も無くなっていた事に気づいた。まさか、あの彼が死んでしまったのかと思ったが彼のデスクを片付けられてる気配も無く、ごく稀にこちらに来ていると噂で聞いて脳内で孤独死している彼を払拭していた矢先、顔を見る事の無かった坂口さんがどこからともなく現れ、いつものように昼食に誘ってきた。「ぎゃあああああ出たあああああ」「は!?」孤独死のイメージが抜けきってなかったのかてっきり化けて出てきたかと思ったと言えば頭を叩かれた。今まで何処に行っていたのか話を聞いていると、潜入捜査に行っていたらしい。久しぶりに見た顔はなんだか顔色が悪くて、何があったのか詳しく聞いてみても苦笑いをしながらはぐらかされ、何も言ってくれる事は無かった。憔悴してる彼を気にしながらも、平々凡々な自分には上司になったという気持ちで奮起していた。その事を伝えるととても驚かれた。「まさか貴女が教える立場だなんて…」「失礼すぎない?」いつも通り軽口を叩ける元気があれば十分だな。うん。
それにしても、今まで部下だった私が上司になるという事は初めて指導する側なのである。相手にちゃんと伝わっているか、言い忘れたことは無いか物凄く不安で、マニュアルなんか無いその仕事に四苦八苦しながらも素直で明るい部下で周りも手を貸してくれ、交流を深めていった。たまに坂口さんに泣きついてもため息を吐かれ、お小言を言われるもなんだかんだ手伝ってくれてツンデレ属性なんだなと思った。その瞬間鋭い視線が飛んだ。
彼が入社して半年以上経過し、だいぶ物事にも慣れた頃。事務仕事の方が忙しくて未だ偵察といったものをした事が無い彼を連れ出してみようと書類整理が一段落した時に声を掛けてみた。
「そろそろ実践でも行くか」
「漸く外に出れるんスか!やる気満々ッス!」
「お、やる気漲ってるね、んじゃ息抜き程度に軽く外回りにでも行こっか」
「はい!」
その日以降、部下は職場に帰ることは無かった。