仕事が面倒だから帰りたいと少し寝不足のまま職場の扉を開ければ、椅子に項垂れて魂が抜けかけているおどろおどろしい空気を身に纏った同僚が目に入った。あんまり近づきたくないその無法地帯を避けて自分の席に行こうと思い出来る限りの気配を消したのだが、同僚はそんな私を見逃す事は無い。
「おはようございます、名前さん」
「おはよう安吾。えーっと、なんか老けたね?」
目の下には濃い隈が出来ており、肌はカサカサして荒れ放題。いつにも増して鋭い目つきにだいぶ仕事が立て込んでいたという事が窺えた。
「はぁ、もう疲れました…」
「随分疲れが溜まってるようだね」
「お陰様で」
今にも魂が抜けそうな同僚をちょっとでも気分転換をさせようと考えあぐねる。
「よし、ちょっくら可愛いコでも引っかけに行く?」
「何ですかその誘い方。…まあ、行きます」
「ういーんじゃレッツラゴー」
「え、今からですか?」
「今からです」
「あ、こら、待ちなさい、仕事が…!」
そんな事は知るか。私は同僚の腕を引っ張って建物から出た。


「はぁ…凄い、善いですね…」
「ん…でひょ?ん、ぐ…」
先程の疲れも吹っ飛んだかのようにうっとりとした表情で膝元にある頭を撫で、艶やかな毛並みを弄んだ。対して私は呼吸をするにもそれを押しつけられてしまい、圧迫感などで大変苦しんでいる最中である。まるで天国と地獄の縮図だ。同僚は全く助けてくれる気配も無い。
「にゃ〜」
「はぁ〜…癒やし…」
「ちょ、死ぬ、窒息死する」
私の周囲には猫が集まり、その1匹が私の顔に乗っていた。
現在私達は猫カフェに来ていた。
異能力が異能力なだけあってか知らないが、人の姿の時だけ私はよく猫に懐かれる。そんな事も忘れ、同僚の気が済むまで猫カフェで睡眠でも貪ろうとして長椅子に寝転んだが最後、猫達が私に群がって来たのだ。躯の至る所を踏まれ、蹴られ、座られる。そのお零れとして同僚は隣に座っては膝の上に乗ってきた1匹の猫を撫でくりまわす。ちゃっかり肉球も楽しんでるようで、まあ連れてきて善かったと私は猫を退かそうと必死になっていた。
「次から次に乗ってくる…!」
「貴女、猫に好かれすぎじゃないですか?」
顔の上に乗ってきた猫をなんとか退かし、胸の上に鎮座する猫をどかせばまた顔の上に乗られ、その猫を退かせば上半身に2匹乗っているような状態だ。このまま起き上がれば確実猫の雪崩が起きて危険だし、なんとか猫から抜け出そうとするも失敗に終わる。
「助けてくんない?」
「はぁ〜…」
「聞けや」
後頭部のフォルムがお気に入りのようで撮影会を始めた同僚は私の嘆きを聞いてくれず、私の現状を撮影して「こうなってますよ」と見せてくる始末。お腹付近に猫タワーが出来、足にはぐでんとした猫が横たわる。
足元に違和感あると思ったら猫パンチされてたのか、5本指ソックスは猫の遊び道具になっていたようで、疎らに動かしていれば引っ掻かれた。
「はぁ…おやすみ」
「この状況で寝れる貴女凄いですね?」
うるせえ、ゲームして夜更かししてしまったんじゃい。私はこの現状から逃げ出すようにそのまま眠りに落ちた。

「それにしても凄い事になってますね…」
坂口安吾は、眠りについた同僚の上に乗っている猫達を撮影していた。猫の姿ではいまいちらしいが、人の姿では猫にモテる名前の周囲には眠っている猫以外は大体集結しており、この場だけが異様な空間を放っていた。平日の早めの時間帯に来たので安吾達以外の客は幸い居らず、2人だけで善かったと胸を撫で下ろす。これで人が居たら何か仕込んでるやらあらぬクレームに繋がるかもしれないし、出禁になる可能性だってあるのだ。運がついてて善かった。
それにしても、少し羨ましい。自分は猫に好かれる訳でもなく、かと云って嫌われる事も無いどっち付かずの人間だ。こういった場所に来ても猫は疲れて寝ているだけか興味など持って貰えない。まあ、そういった人間の方が多数であろうし、同僚が特別なだけなのだが、間近でこんなに好かれてる人を見ていれば猫好きからしたら羨ましくも感じるだろう。しかも当の本人は全く意に介さず眠っている。
「はぁ…」
彼女の異能を羨んでも意味は無い。ただただ他の客が来るまでお零れに預かり、たっぷり堪能しようと安吾はカメラのシャッターを切った。

その日、服を猫の毛まみれにした坂口安吾と名字名前が目撃された。