「え!?先輩恋人居ないんですか!?」
「うるせ」
最近入社してきた後輩の辻村と昼を共にした日の事であった。
バンッとテーブルを両手で叩いて大きなリアクションする後輩に、私は仰け反った。最近の若い者は活きが良い、それに恋愛話といった類いのものが大変好きである。隣に座ってる同僚の側近である村社も大変愉しそうな表情を浮かべて話題から逃げようとする私の肩を組んでき、巻き込む気満々だと云った雰囲気で私に言葉を投げかける。
「今日は逃がさないっすよ」
「勘弁してくれ〜」
「毎回理由付けて逃げるんだから、今日の今日は絶対厭っす」
「確かに名前先輩の恋愛話聞いたことが無い…」
手元にある昼食はまだたんまりとそこに鎮座しており、ご飯を素早く食べるにしても10分は掛かるだろう。今日の仕事は特に急いでる訳でも無く、むしろ後々暇になりそうな量しかない。そして、私の正面と隣には逃がさないと云うように目を輝かせてくるエージェントが2人。
「詰んだ」
「さーて、何から聞き出そうかワクワクする!」
「洗いざらい吐いて貰いますよ!」
「最早尋問」
恐らく表情も浮かばず死んだ顔をしてるだろう私とは裏腹に、彼女達は私の生気を吸ってるかのようにキャピキャピキラキラ話をしていた。
恋人といった存在は過去に存在していた事はあるし好きな人が居た時期だってあるが、正直こういった話をする事はあまり得意ではない。いつからという訳では無いが、恐らく学生時代から既に苦手意識を持っていた気がする。顔の善い人間を見てお近づきになりたいという感情は持っているし、アイドル的存在としてキャーキャー騒ぐのも好きだ、他人の片思いしている姿や恋人と愉しそうにしている姿は可愛らしいと思うのだが、いざ自分にその話題を振られるとなるとなんだかむず痒くなってくるのだ。故にそういった話題を振られそうな雰囲気であればすぐに理由を付けて退散していたが、今回はどうやら状況的に見て難しそうである。
「どういった人がタイプなんですか?」
「女に理想押しつけないで仕事させてくれる人」
「即答っスね…前に何かあったんすか?」
「あー…見合いした相手がね…」
「「見合い!?」」
何で教えてくれなかったのだと首根っこ掴んで揺さぶる村社を落ち着かせ、息を整える。似たような反応を安吾にもされたのだが、何だ?反応は護衛対象に似るのか?全く仮にも側近でありそれなりに強いのだから自分の力の強さをもう少し理解して欲しい。
「見合いってどういう事ですか!?」
「その、…長官が善い歳なんだからってセッティングされた…」
「え、いつ?」
「前呼び出された時だから…えーっと…いつだったっけなぁ…」
「あー、あの呼び出しそういう事だったんすね。てっきり先輩が何かやらかしたのかと青木で話してたんすよ」
「何で皆やらかした前提で話進めるん??????」
同僚と云い青木や村社と云い失礼すぎではないか?私はそんなやらかすような人間ではない筈だぞ?
「先輩、締切ギリギリまで書類放ってるからじゃないですか?」
「それか」
矢張りそれが原因か。今度からちょっとだけ余裕を持ってやろうと思う。ちょっとだけ。そのまま書類の話にでも話題を切り替えようと企んだのだが彼女らの好奇心は私の企みには乗って貰えず、見合いの話を根掘り葉掘り聞かされた。正直物凄く厭な記憶だったのだが彼女らには関係無い、どんな場所でどんな料理が出てきてどんな話をしたかみっちり聞かれ、最終的に「その男は無い」という事で落ち着いた。
「社内の恋愛は有り?無し?」
「まだ話すのね。えー…あー…仕事の忙しさとか…事前に分かって貰えるって意味では有りかも」
特務課は結構激務だ。私は比較的残業は無い立ち位置であるが、規模の大きい事件や事故に関しては関係無い。全員が全員情報収集に回らなければいけない故に自宅に戻れない事などザラである。それを考えれば事前に事情を知って貰えるという利点はあると思う。
「正直云って、安吾先輩とはどうなんすか?」
「何で安吾出てくるの?ただの同僚だよ」
「あんなに仲善いのに!?」
「仲の善さと恋愛はイコールにならないと思うけど…」
2人して面食らったような顔を浮かべていた。これはあくまで人によりけりだろうが、男女間の友人は成立すると思っているタチなので何でも恋愛に結びつけたがる人にしてはあまり面白くないのであろう。
「えー…結構善いコンビだと思ったんですけど…」
「ほんとそれな!さっさとくっつけば善いってずっと見てるんすけど全ッ然これっぽっちも進展無い!面白くない!」
「そんな風に思ってたの?吃驚だよ。ちゃんと仕事しなよ」
護衛の仕事してる時にそんな事考えてたのかと面食らった。私が云うのも何だけど。
「先輩だけには云われたくないっす」
「ういっす」
まあ正論だろう。見合いの事を長話しすぎて手を付けれなかった残りの昼食を掻き込み、リスのように頬を膨らませながら手を叩いてご馳走様と云って席を立った。
「言葉になってないですよ先輩」
「あー!もう!また逃げる気っすね!?」
「おはひに」
「何て?」
村社に捕まらないよう素早く躰を動かし、その場から逃げるように立ち去った。

チッ逃がした。村社は顔を顰めながらバタバタと逃げる女の後ろ姿を恨めしそうに見つめた。だが見つめても彼女が戻ってくる事は無い。長い溜息を1つ零し、ある人物に言葉を投げかけた。
「らしいですよ、先輩」
「何の事です」
村社の斜め背後には、護衛対象である坂口安吾の姿。その正面にはもう1人側近の青木が座っていた。村社と辻村は彼らの事に気づいていたが、名前の席からは村社の死角になって気づいていなかったようだ。
「全く、話に盛り上がるのは大いに結構ですが、昼休憩は残り僅かでしょう。それまでに戻って来て下さいよ」
「やっべ」
ちゃっかり最初から最後まで聞いていた癖に何を云っているんだか。村社と辻村の心境は合致していたが、それは言葉にする間も無く掻き込んだ昼食によって消えていった。