またこんな締切ギリギリの重要書類を今になって渡して来た。大きな溜息を零す種田は頭痛のタネである名字名前の顔を思い浮かべた。
そもそも、彼女が特務課に入ったのは遠縁ながら血縁関係にある夏目漱石の推薦である。きっと役に立つだろうからと口添えされたのでまず彼女の異能力や経歴を確認する事になった。
彼女は特に犯罪歴も何も無い、至って普通の人間であった。異能力を持っている事と夏目漱石と親戚関係という事以外特にパッとした経歴も持たない、至って異能を持たぬ両親に育てられ普通の学校に通う平凡な女だった。異能力自体も危険度が高いという訳でもなく、必要以上に監視が必要という訳でも無さそうなものだった。
彼女の異能力は猫の姿に変化出来るものであり、見た目も自分が過去に1度見た猫であれば再現出来るといったものであった。索敵や偵察、場合によっては潜入捜査だって出来る汎用性を持つその異能は、確かに利便性が高いと早急に上層部に掛け合って特務課に入る人材に値するのか、異能力の汎用性など言葉を重ねに重ね、やがて当人に声を掛けた。特務課という仕事内容をざっくり話してみても、ピンと来なかったのか話を聞いても特に反応を示す事も無く、彼女の言葉や態度からただ流れるままに入社したと云っても過言では無いだろう。俗に云う七光りのようなものであるが、当の本人は恐らく今でも異能力者の人間に声を掛けているのだと思い込んでいる。
彼女のように、そんな人間もごく僅かながらに居るのは居るのだが、そんな事滅多に無い事である。基本的には捜査官を希望している人間の成績を見て、特務課の人間が声を掛けて配属が決定されるのが多数だろう。そういった人間は基本的に志が高く仕事にも意欲的なのだが、彼女は違った。
適当に決めた学校で適当に生き、何かになりたいという具体的な目標も無い。就職活動に勤しんでいた時、相手側から声が掛かったからラッキー程度で入社したと以前酒の席で云っていた。その話は自分だけが聞いていたので不幸中の幸いだったものの、きっと血の滲む思いで捜査官を目指し晴れて特務課に配属された職員が聞けば恐らく乱闘は避けられなかったであろう。
締切ギリギリになって報告書を提出したり、勤務中に睡眠を貪ったり態度はあまり宜しく無い。平凡的な頭脳であるし書類整理は面倒だから外回りに行きたがるような面倒臭がり。体力や腕っ節に関しては細身の見た目に反して人並以上にあり、集中させたら安吾と同等か少し下回る程度のスピードがあるのに、彼女は実力を常に発揮しない。
そんな平和ボケした人間でも、特務課には必要であった。否、だからこそ必要であると云う方が正しいか。
激務に追われ締切など当の先にあるような物まで早く片付けようと奮闘し、それにより割り振られる仕事量が膨大になる、所謂社畜と云われる人間には必要な人材であろう。彼女の適当さによって救われる場面がある。
彼女に近しい人間、坂口安吾などが主に該当するだろう。彼は確かに仕事が速く有能であり、あの若さで参事官補佐という立場まで登り詰めた実力者であるが、それ故に休息の取り方がとてつもなく下手であり、睡眠時間さえも削って仕事に打ち込んでいる姿はよく見かける。
彼の限界のギリギリを見極めて彼女が息抜きをさせるべく、仮眠室に放り投げる事も多々あるようだが政府施設から抜け出しては数時間行方を眩ます事も多い。余談であるが、外回りと称して毎度報告書を渡して来るが真逆バレていないとでも思っているのだろうか?先刻妙に毛だらけになったスーツのまま、真面目な顔をして提出された猫カフェの調査といった報告書を渡されては度肝を抜いた。最早ここまで来れば逆に笑いが込み上げてきたものだ、彼女のユーモアある発想で書かれた報告書は少しの楽しみになっていたりする。
正直云って敵組織に狙われやすい坂口安吾を護衛無しで連れ出す事に関しては内心冷や汗ものだが、これまで狙われる事も無く五体満足で無事帰ってきてるのだから運が善いと喜べば善いのか外回りの多い名前が危険な場所を避けて通っているのか。
面目すぎる坂口安吾と、不真面目すぎる名字名前。この対極に居る人間は妙にバランスが善いらしい。一見安吾が名前に対してよく小言を云っているので不仲なのかと思わせるが、この2人で行動させれば互いが互いを尊重して苦手な部分を補い任務を遂行するのだ。相性が善いといった言葉で片付けれるようなものではないだろう。
そう考えれば安吾にとっては名前が薬であるが、この報告書の弛みに関しては全体的の毒だ。とりあえず一旦灸を据えないといけないか。種田は書類を眺めながら近いうちに呼び出す算段を考えるのであった。
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