自分の体温により温められた少し硬いベットの上で、唐突に眩い光が瞼をジリジリ焼く
あまりの眩しさに瞼をこじ開けると、どうやら自分が寝ている所にカーテンの隙間から太陽の光が入ってるようだ
昨日はいつもより早く眠ったお陰か、特に決まった予定も無いが生活リズムを整える為に設定していたアラームよりも早く目覚めた
外気の冷たさに顔まで掛け布団を被り、布団の心地よさに身を委ねていたが、特に睡魔が襲ってくる事も無くバサリと掛け布団を思い切り蹴り上半身を上げる。温度差によりぶるりと身を震わせるが、もう1度布団に入ると起き上がれそうもないので重い腰を上げた
今日の昼食は以前から気になっていたイタリアンのレストランに行こう。四季が変わりそうな今、新しい洋服も欲しいし、生活用品も買い替えないと、頭の中でざっくり今日の予定を組み立てながらゆっくり時間を掛け支度をする
「よし、こんなもんでしょう」
仕事の時とは違った化粧を施し、ただ櫛でとかすだけの髪も少し巻いたり結んだり自分の最大限出来るお洒落をする。いつも真っ黒のスーツに身を包む服も今日は自分のお気に入りの服を着、小物類を付けていく。ふんわり香る程度に香水を振り、バッグを肩に掛け少しかかとの高い靴を履き、誰も居ない家に向けて行ってきますと挨拶をして外に出た

「さすがに買いすぎた…」
歩いてる先に自分の好みの服や雑貨、生活用品などが目に入りあれもこれも、と欲張った結果、大きい箱に入れられた商品が多く腕の上に積み重なり、あっという間に両手が塞がってしまった。適当に積み重ねた荷物のせいで足元はおろか前方の視界も若干不自由になりながら右往左往フラフラ歩く。両手に嵩張る荷物に少しかかとの高い靴を履いてるものだから、腕や足の痛みが限界に近づいていた
久しぶりの休日で舞い上がり歩幅が広がり早歩きになってしまったのか、前の入院で体力が落ちてしまったのか、その両方か。今日はもう良い時間だしレストランに行くのは諦めて荷物持って帰ろうか、これからの自分の行動を考えながら歩いてると、ふと衝撃が走った
「わっ」
「おっと、大丈夫か?」
「あ、すいません!」
考え事をしていたせいで前方不注意になり、誰かにぶつかってしまったようだ
謝りながら地面にぶちまけた荷物を拾いあげようとすると、ぶつかってしまった人も私の荷物を拾い上げてくれた
「すいません、ありがとうござ―――」
へらりと笑いながらぶつかってしまった相手の顔を確認すると、そこにはポートマフィア幹部・中原中也が居た
嘘だろ…まさか休暇の時に顔を合わせるとは思いもせず、ただただ拾い上げてくれる彼の顔をまじまじと見る
「あ?俺の顔に何かついてるか?」
「い、いえ!」
「そうか」
まじまじと顔を見ていたら怪しまれた。危ない危ない。慌てて自分の買ったものを拾い上げ、積み上げつつチラリと横目で彼の顔を見る
確かに自分は休暇だが、相手も休みな訳も無く。このまま礼を言って知らない振りをするのも良いが、明るみになった時きっと何故報告しなかったのかと同僚が怒るだろう。お小言1時間コースは確実か。それに、前の入院で復帰がだいぶかかったにも関わらず仕事がほとんど無かったり、まだ本調子でないだろうと考えてくれたのか休暇も貰った。きっと同僚が色々してくれたに違いない、ここは同僚の為にも頑張りますか
「ほら、こんだけか?」
「有難う御座います!」
「じゃあ気をつけろよ」
「あ、あの!」
「あ?」
「お茶、ご一緒しませんか!」

何故あの時咄嗟に出た言葉がそれなんだと自問自答を繰り返す
そもそも私のスタイルは猫になって尾行し、上に報告するのが基本の流れだ。異能特務課という存在しないものとして扱われる部署だから出来る限り情報の漏洩にならないよう顔バレも最小限にすべきである。休日であろうがそれは変わらず、今回自分が取った行動は軽率で浅はかな考えだろう、なんせ敵になり得るであろう存在に易々と顔を出しているのだ。ごく稀にポートマフィアと手を組む事もあるし、その時対面する事を考えるとやはり面倒な事に巻き込まれる可能性は高い。そもそも普通にに尾行をすればいいだけであって声を掛ける必要性なんて感じない。一緒に行動した所で何かしら事件を起こすとは考え難い、いやそもそも外出している=事件を起こす前提で考えてるのがおかしいだろう。つまり私はパニックに陥っていたのだ。
それでも言ってしまっては後は引けない。これ位なんて事ないと何度か断られたが、お礼をお詫びをしたいとこちらも食い下がるとやっと了承を貰えた。もっと何か言う事あっただろと内心ため息を吐く。それに、これじゃただのナンパじゃないか。
「んで、何処に連れてってくれるんだ?」
「あ、えっと、ここから少し歩くんですが―――」
この際目的の場所も無く適当に探しながら歩くよりかは決まってる場所の方が良いと思い、元々自分が行きたかったレストランの場所を伝える。「あぁ、その店は俺の部下から聞いたことがある。好評みてぇだな」と、結構乗り気な返事が来て胸を撫で下ろした。「じゃあ行くか」と両手に持ってた荷物を片手で軽々持ち上げ、先導される。荷物を持って欲しい為に声を掛けた訳でも無いので荷物を奪おうと手を伸ばすがひらりと躱された
「あ、大丈夫です!持ちます!」
「これ位別に構いやしねぇよ」
「いや、でも先程から迷惑掛けてばかりですし…」
「こういう時は素直に甘えとけ」
「あ、有り難う御座います」
知らない人間にぶつかられてナンパされたにも関わらず荷物も持ってくれるだなんて、ポートマフィアにもこういう人間が居るのかと見聞が広がった。彼は重力操作の異能力持ちだが、さすがに出会ってすぐの人間に荷物を持たせてしまうとは申し訳無い。だが抵抗した所で恐らく荷物を奪う事なんて出来ないだろう、何から何まで申し訳無いが彼の言う通り甘えさせて貰う事にした。あまりにもスマートにこなすのでこれはきっとモテるだろうなと考えながら後ろを着いていった

「・・・」
「・・・」
気まずい、とても気まずい。
荷物を持ってくれたままレストランに到着し、混雑しながらも昼時から少し外れていたお陰か席に案内されるのはそれはそれは早かった。
お互い面と向かって座ったのは良いが、こちらは仕事上一方的に素性を知っているが相手からしたら私はただのナンパ女だ。肩身が狭い思いをしながら外の景色を眺める彼をチラ見する。何か会話するにしても全くのノープランでの行動だった上、仕事が忙しいあまり同僚や上司としか話す事が無い為どう話を切り出して良いのか分からない。休日はそれなりに外出するとはいえ、友人と休みが合わない為基本1人だし、知らない人物とご飯を食べに行くだなんて初めてだ。どうしようかと悶々と考えてる間に店員さんがメニュー表を2組持ってきてくれた。
「どれ食べましょうか」とメニュー表に目を通しながらさりげない話題を振ってみる。彼はほとんどメニュー表を流し読みするように見ており、「んー」と悩んでるような間延びした返事が来る。その姿に何度か来た事があるように思え、そういえば部下が話題にしていた場所だと先程言っていたので自分の中で合点がいく。その間にも目移りするメニューがたくさんあったが、あまり時間を取らせるのも申し訳なくどれを頼むか悩むが、1番オススメと書かれたランチセットを頼もうと決心した。
顔を上げたら彼も丁度決まったのか顔を上げた。「決まったか?」「はい」「んじゃ頼むか」と少し会話をしつつ店員さんを呼ぶ。
「このランチセットを1つお願いします」
「俺はこの珈琲で。以上だ」
「え!」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
「珈琲だけですか…?」
「嗚呼、もう飯は食ったからな」
「まじですか…本当申し訳ない…」
「否、行くと決めたのは俺の方だ。そう気に病むな」
「あ、有難うございます」
店員がメニューを下げ厨房に向かった。それにしても珈琲だけとは、それだけでお腹は持つのだろうかと疑問に思い聞いてみると、まさかの昼食が済んでいたとは盲点だった。確かに今の時刻は昼食時より少し遅い時間で、大半の人は既に昼食は終わらせているだろう。完全に頭から抜け落ちていた。時間取らせて申し訳無くなったが負の感情をぶつけてこない彼の言葉に少し救われた。
それからランチが来るまで少し会話をした。ここの雰囲気は良いだとか、何を買っていたとか、他愛の無い話から一変、仕事の愚痴になった途端お互いが饒舌になった。その間に頼んでいたランチが運ばれ口に運びながらお互いの愚痴を話した。彼の愚痴は大方探偵社の太宰さんの話で、それはそれはもの凄い剣幕だった。私が食べ終わった所でお互い大変だなという言葉で締めくくられた
「ご飯食べるの遅くてすいません」
「否、俺もつい饒舌になっちまった。時間取らせて悪かった」
「いえ、あまり仕事の話とかしないので楽しかったです」
「俺もだ。つい愚痴の方に話弾んじまったが…あんた、聞き上手だな」
「本当ですか?そう言われるのは初めてです」
レストランを出る準備をしながら少し会話を続ける。お互い何の仕事をしているかなど身バレしない程度に仕事の話をし、こういう話題をする人が周りに居なかったので新鮮でつい長話をしてしまった。恐らく1時間は滞在してるであろうレストランは入った時はそれなりに人が居たのにも関わらず、周囲を見たらぱらぱらと人が居る程度になっていた。
よっこいせ、と言葉を出しながら荷物を持ちレジに向かう。こちらから声を掛けたしここは私が全額出すべきだろう。大丈夫だ、金ならある。荷物をレジカウンターに置き財布からお金を出そうとすると「ありがとうございましたー」と店員さんに言われる。私がもたもたしてる内にどうやら彼が全額支払ったようで、こちらが声掛けたにも関わらず申し訳無い、私が支払うと抗議した
「愚痴聞いて貰った礼だ。男の面目潰すだなんて事すんじゃねぇぞ?」
あくどい笑みを浮かべながらひらりと手を振りレストランを出る彼の後ろ姿はとても大きく見えた。あ、兄貴…めっちゃ格好良いな…

この後報告書を出した時に同僚に全部見られ何故連絡しなかったのかと小一時間怒られた。