デットアップル
※安吾の異能力少しだけネタバレ?注意


日が暮れ太陽が潜む夜、とある路地裏のバーに澁澤龍彦を呼び込んだ元凶、太宰治が居るとの情報が入った。異能特務課は彼を捕らえる為に安吾率いる数人の構成員を路地裏に送り込み、もし彼らを突破された時の為にその周囲を私含んだ多数の構成員で包囲する。銃を武装しているとはいえ太宰を囲んでいる構成員の異能力自体は非戦闘要員だ。それに、戦闘要員だったとしても太宰に触れたとなれば解除されてしまう。さて、彼らだけで捕まえる事は出来るだろうか。銃を片手に1つ隣の路地裏の影から逃げる人影が居ないか見守る。緊張感漂う中、生唾を飲み込み少し高ぶる精神を落ち着かせる。
1つ向こう側の路地からチリン、と鈴の音と会話が聞こえる。恐らくバーから太宰が出てきたのだろう、会話ははっきり聞こえないが、安吾の硬い声が静寂の中に響き渡っている。緊迫する中、それは一瞬で崩れた。
「なっ霧…!?」
「澁澤龍彦が出したものと見られる!全員周囲を警戒!」
周囲がざわめき、混乱してる中私は動いた。恐らくこの騒ぎの中、太宰達は逃げようと企んでるに違いない。濃霧で視界が定まらない中、バーのある路地裏まで走り銃を向ける。しかし私の視界に飛び込んで来たのは分離した異能が持ち主を殺そうとしているもので、太宰や澁澤の姿は見えなかった。分離した異能に殺されそうになってる安吾が、私の目の前で異能に首を絞められ宙に浮かんでいた。苦しそうに顔を歪ませ、空気を取り込もうと口をはくはく動かしている。早く助けなくては。
「日頃の恨みぃぃいいい!!!」私は助走をつけて安吾の異能に鋭い跳び蹴りを食らわせた。

「言いたい事はいくつかありますが、とりあえず僕達の異能結晶を砕いて頂き、ありがとうございます。」
「ちょ、今それ話す!?」
分離した異能の姿は異能力によって様々な姿のようで、太宰を包囲していた人達の異能は人間の姿だった。人間相手であればある程度の交わし方を知ってるので、身動きの取りづらい路地裏で戦い、隙が出来た異能に銃弾を撃ち込み全員倒した。のは良いのだが、私の異能力は猫になるもので、分離した異能は猫の姿であった。狭い路地裏は小さい身体をした異能には逆に好都合であり、鋭い爪で至る所を引っ掻かれる。正直致命傷には至らない程の殺傷能力なのだが、引っ掻かれたら物凄く痛いのでなんとか交わしてる最中に同僚から感謝された。その前に助けてくんない?お腹に結晶体あるからそれ砕いてくんない?いやまじで周りも見てないで助けてくれ。
「はぁ…僕達の異能はすぐに倒せたというのに、何ですかその体たらく…」
「いっぺん猫と戦ってみ?ちょこまか動かれて狙えないからね?うわっ!」
「こちらまで来れますか」
「ぅえ、ちょっとま、いでででで」
「そのまま猫の手を掴んでください!」
「ッ、」
何か策があるようで指示に従おうとすれは、その一瞬の隙を見逃してくれるはずもない異能は私に爪を立ててきた。それでもなんとか異能の両前足を引っ掴み、捕らえる事が出来たが逃げようと掴んだ私の手に暴れた後ろ足の爪が食い込む。両手で前足を持っている為、今の私は銃を使えるはずもなくこのままでは腕に傷が出来るだけだ。
「そのまま動かないで下さいね」
「え、おっと」
プラーンとお腹を丸出しにしてる異能に、安吾が拳銃で異能結晶を砕く。案外脆いそれは少しの力で粉々になり、私の身体に異能が戻った。
「これで貴女の異能は戻りました。時間が惜しい、早く戻りましょう。車に乗って下さい」
「あ、はい」
時間を確認し、少しイライラしてる安吾と共に車の後部座席に乗る。濃霧の中、あまりスピードも出せないので、時間短縮の為にスーツケースからノートパソコンを取り出し、報告書を提出すべく打ち込む彼に酔ったりしないのかとチラ見する。私には出来ない芸当だ、社畜精神凄いなと関心していると、視線はノートパソコンのまま私に話しかけてきた
「…で、先程の日頃の恨みとは?」
「何言ってるかワカリマセン」
「貴女が僕の異能に跳び蹴りした時ですよ。忘れたとは言わせませんよ」
「あはは―そんな事言ったカナーヨクワカンナイナー」
「ほう…?あくまでしらを切るんですねぇ…」
「すいませんでした!!!!!!」
ここで謝らないと確実に、確実にお小言1時間コースだ。その上太宰の捕獲に失敗してそれなりに時間も経過しており、安吾のイライラが溜まってる今、恐らく捌け口は私に来るだろう。それは避けたいのは山々だったのだが、まあお説教されるのはごく自然の流れであった。少し強いからと言っていきなり跳び蹴りを食らわす奴があるか、やらもう少し後先考えろやらグチグチ文句を言ってくる安吾の話を右から左に流す。
「はぁ…既に疲れました…」
「小言言わなければいいと思うよ!」
「誰のせいだと思ってるんです?」
「え?」
「え?」
心底不思議な顔をされた。解せぬ。

職場に戻り濃霧の観測情報や横浜の状況確認、色々やるべき事がたくさんあり、それはそれは慌ただしく動く事になった。疲れたとぼやいた彼は一体何処に行ったのやら、誰よりも素早く動き、的確に指示を与えている。平社員の私はただ報告書を纏める事位しか出来ず、奥の端の方でひっそり仕事をしていた。
どれ位経ったのだろう。何やら近くで爆発音がし、その都度建物が揺れる。その音は次第にこちらに近づいてき、1番大きい物音が聞こえたと思えば扉が破壊されていた。襲撃かと戦闘態勢に入るが、どうやら同僚が呼んだ異能力者「A5158」のようで全員席を外せと同僚が指示を出す。そそくさと出て行こうとした時、その異能力者の顔を拝見した
「げッ」
「あン?…あんた、前にどっかで会ったような、」
「いえ、人違いデス」
「そうか?悪ィな」
前に私がナンパ紛いな事をした相手、中原中也であった。目が合った瞬間顎をしゃくらせ、部屋が暗くて見づらいという事も相まって相手は私と気づく事は無かった。良かった、ほんと良かった、ここが墓場にならなくて良かった。彼の視線から逃げるように部屋から出た。

それからは怒濤の時間であった。状況を確認出来たと思えばまた状況が変わりを繰り返し、いつの間にか収束を迎え、徹夜4日目だ。いやもう何が起こってるか未だに分からない。横浜焼却作戦は中止されたというのは分かったが、霧現象はどうやって消えたのか?龍のようなものが出てきたがあれはどうなった?中原中也が倒したのか?じゃあ彼は今生きてるのか?そもそも横浜の異能力者がどれ位生き残ってるか、という問題をやっと4日でなんとなく知る事が出来た程度だ。これからもやるべき事がたくさんある。とりあえず早く帰って眠りたい。