変な女だと思っていた。
頭の上にある耳も、尻尾も付いていない。肌の色も死人かと思う程白く、衣服だって少し周りとは違って異質で、一言で表すなら女は”異常”そのものだった。
異常な女を一部の使用人はあまり良い印象を持っていなかった。ただ、親父が連れて来た女だから、虐げられる事も放り出される事も無かった。
使用人が1人増えようが増えまいが別に俺には関係無かった。

他の使用人に良いように使われている女をよく見かけた。
たまたま俺の行動する場所にその女が居るだけであって、別に気にして見ていた訳では無かった。他の使用人よりも肌の色が白くて、妙に目に付いていただけ。たったそれだけで特に何の感情も抱かずに、ご苦労な事だと思いながら横を通り過ぎるだけ。
他の使用人は猿が芸でも覚えたかのように俺の名前を呼び、廊下の端に立っては同じ動作をしてくるというのに、奴は俺の事を知らないようで掃除に励んでいた。
知られない方がまだ良かった。俺の事を認知すれば、きっと此奴も他の奴みたいに兄貴を褒め称える道具として見てくるから。
そんなある日の事だった。女が廊下の角の先を覗き見ていた。思わず何をしているのかと問うてみれば、女は無表情を少し崩して驚いた顔をしていた。いつもはピクリとも動きやしないその顔に対して、「何だ、動くんじゃないか」という感想を持った。

女は、俺の事を第二王子という立場という事を知ったらしい。今まで素通りしていたそいつは最近会釈をするようになった。他の使用人に教え込まれていないのか、世間知らずの馬鹿なのか知らないが、別に気にしない俺はそのまま素通りする。
そんなある日、窮屈なこの城の外から逃げ出そうと使用人の目を盗んで外に出た。
が、その先に居たのはあの女だった。訓練後なのか額に汗を流して肩で呼吸をしている姿は滑稽だった。
いつも会釈だけで済む女の横を素通りしようと足をグングン進めて行けば、話しかけられてしまった。矢張り俺が外に出るのを引き留めようとしているのだろう。鬱陶しい。
「お出かけですか?」
「…だったら何だ」
「いえ。お気を付けて」
「…引き留めないのか?」
驚いた。他の使用人は血相変えて俺の事を追いかけてくるのに、こいつは淡々と俺を送り出したのだ。思わず俺が聞き返せば、こいつは素っ頓狂な表情を浮かべた。
「え?」
「他の使用人は俺をあまり外に出したがらない」
「ならば私が付き従いましょう。本日はどちらへ?」
「…チッ」
「おや」
失言だったようだ。1人で外出するつもりだったのに、こいつが居たら伸び伸び息抜きすら出来やしない。
この女の存在を無視して出て行こう。1歩足を踏み出した時、女が俺に話しかけた。
「私に教えて頂けませんか?ここの外がどうなっているのか」
「は?」
「知らないんです。ここの世界の事、何も」
何だこいつ。やっぱ世間知らずなだけじゃないか。今までの行動も、言動も、全て王室に仕える使用人としての自覚が足りないだけ。
「…だったら使用人に聞けば良いだろ。俺がやってやる義理など無い」
少しはマシな奴が出来たのかと思ったが、そうでも無いらしい。
俺は女を放置して、適当に外をぶらついた。

魔法史の試験で好成績を取った。
”凄いじゃないかレオナ!”
”お前もやれば出来るんだな!”
親父や兄貴は素で喜んでくれただろうが、俺にとってはただの皮肉でしか無かった。
”レオナ様、おめでとうございます!”
”さすがキングスカラー家のご子息”
使用人達も表では賞賛してくれた
”跡継ぎであるファレナ様の弟君であれば、あれ位やって貰わないと”
裏では俺に投げかけた言葉は何処へやら、兄貴を比べるような言葉ばかり。
”でも、彼のユニーク魔法って…あんなの使いこなせても…ねぇ?”
俺のユニーク魔法さえも貶す材料とされていた。
何で俺はこんなに比べられなくてはいけないんだ。何で俺はこんな魔法を持ってしまったんだ。
何で。何で。何で。
「で、お話というのは?勤務中に手を止めてまで話しかけるという事は、余程重要な案件だと推察しますが。」
「…何でも無いわよ。」
「そうでしたか。それは失礼致しました」
廊下の先に居る使用人。
あの女は、俺の魔法を肯定も否定もせず、他の使用人に噛みついていた。
あいつだけは、異端で、異常で、他の使用人達とは少し違った。
諦めていた承認欲求が、この女によって少しだけ満たされていく感覚があった。思わず女に声を掛けたが、”1位取ったから褒めろ”だなんて言える訳も無い。
言わせて言葉にして貰うのはまた違うだろう。俺はこの場からさっさと立ち去ろうと踵を返した。
「試験で1位を取られたとお聞きしました。おめでとうございます」
「な、」
「引き留めてしまい申し訳御座いません。それでは」
褒めて、貰えた。俺の事を見てくれた。…いや、この女も、もしかしたら他の奴と一緒かもしれない。でも、少し嬉しかった。
重そうに塵を運ぶ女の後ろ姿を、視界から外れるまでじっと見つめた。