夜風に当たろうと廊下を歩いていた。
水浴びから戻って来たのだろう、支給された制服では無いラフな格好をしたあの女がこちらに向かってきていた。
別に仲良く話しかける間柄でも無い。俺は女の横を通り過ぎようとしたが、第二王子である俺が目の前に居た手前そのまま通り過ぎる事が出来ないのだろう女に声を掛けられた。
「レオナ様。夜は冷えますよ、何かお召し物でも」
「要らん。必要無い」
「風邪を引かれても困ります。せめてこちらでも羽織っておいて下さい」
ほんの少ししたら戻るつもりだったのだ。そんな心中を知らぬ女は、自身が着ていた上着を脱いで肩に掛けてきた。
あったかい。ほんの少し、こいつの匂いがする。
少し大きいその上着に袖を通せば、女は部屋に戻って行ってしまった。
この上着を着ていれば、あの女の腕の中に包まれてるような錯覚を覚えてしまい、俺はこの温もりが消えない内に部屋に戻った。
あの女をよく知らないだけだ。きっとあの女も他の使用人と一緒で、陰では何を言っているか分からない。
いつかボロを出すに違い無い、俺はあの女を監視し始めた。
「レオナ様は気難しくいらっしゃる」
「そうでしょうか?本質はまた別な気がしますけど」
廊下で立ち止まって会話をしている所や、
「ファレナ様もレオナ様も体の扱いが上手いわよね。身体能力が高いのかしら」
「そりゃキングスカラー一族の王子よ?それ位こなして当然よ」
「元々の才能もあると思いますよ。あのお年にしては凄いじゃないですか。」
訓練場で休憩している時、
「全てを砂に変える魔法を使うなんて、なんて恐ろしい…」
「それが彼の個性でしょう。」
「でも…」
「悪い事に使わない為に勉強されてるのでしょうし、必要以上に怖がる必要なんてありませんよ。」
昼休憩。
「またレオナ様が勝手に外に…!探すこちらの身にもなって欲しいわ!」
「遊び盛りの子供ですし、少ししたら帰って来ますよ。…多分」
「多分って何よ!多分って!さっさと探す!」
「あ、はい」
外に出るフリをして監視し、
「レオナ様の行動って突拍子も無いからこちらの精神が削られるわ…一族の顔という事をもう少し理解して欲しいものだわ」
「あの年齢で動くなと言う方が酷でしょう。まだ微笑ましさがある今の内に動き回って色んな事に触れた方が今後の成長に繋がると思います。一族の事だなんて後々理解していけば良い。」
「まあそれもそうね…」
調理場の陰に隠れて話を聞く。
俺が持て余す時間は大体その女の監視に費やすも、女はボロを出す所か肯定するものばかりであった。
心臓の辺りがムズムズする。こんなの初めての感覚で、どうすれば良いか分からなかった。
話を聞いてるだけじゃなく、もっとこいつの事を近くで知ったら、何か分かるだろうか。
「どうかなさいましたか、レオナ様」
彼女の部屋の前でぼんやりと陽の光と戯れていれば、声を掛けられた。
何を話せば良いか、何を聞いたら良いか、どうやって距離を詰めれば良いのか。何もかも、俺は全く分からなかった。
「…お前は、俺のユニーク魔法を知っているんだろう」
「ゆにーく…ああ、砂に変える力ですっけ」
「怖くないのか」
「ん?」
「こんな、干上がらせるだけの能力…」
頭にグルグル言葉が飛び交っていたら、ついポロッと言葉が出てしまっていた。
女はまんまる目を大きくさせて、やがて意味の分からない寸劇を始めた。
頭でも可笑しくなったのだと思った。大きく手を動かすのをやめ、女はいつもの無表情に戻った。
「私が言いたいのは、物は考えようです。貴方が忌み嫌うその魔法も、時によっては人々を救う魔法になるかもしれない。」
「便利で正義の力だと思える魔法も、使いようにとっては悪にでもなれる。力というのはそういったものだと思います」
こいつの言葉はすんなり俺の頭に入ってきた。その言葉は心に芽吹き、やがてささくれていた気持ちが少しだけ、穏やかになった。
俺のやる事成す事ケチを付けられ、兄貴よりも優秀だと認められる事は永遠にない。
ただ、こいつは。こいつだけは、俺の事を見てくれる気がした。