あの夜から、レオナ様は私の前に姿を現す事は無かった。
今までの行動を考えて私の居ない所で過ごしているのだろう、あからさまに避けられているのは気分が良くないが、限りある時間で探すにしてはどうにも時間が足りなかった。
元の世界に戻る手がかりは、依然掴めず終いだ。帰り方が元々無いのかと思える程、全く以て何も無い。
自分が目を覚ました場所に行くにしても、相当な距離がある。そもそもどの方向から来たのかさえも曖昧だし、あの場所は目印になる物は何も無かったので行くには至難の業であろう。
せめて、異能力があったら。少しは変わっていただろうか。

水浴びも終わった夜。レオナ様を探す為に私は廊下を歩いていた。
彼の部屋を訪れても姿は無く、調理場や食堂、訓練場、色んな所を探し回ったが、彼の姿は無かった。
もう一度部屋に訪れようとした時、ふと外を見たら動く人影が見えた。
「レオナ様?」
あお小さな人影、恐らくレオナ様だ。彼を追いかけるべく私は急いで外に出て、辺りを見渡した。
目視出来る場所には居なかった。彼に教えて貰った外の世界、私は迷子にならないように少し歩き、やがて最後に休憩場所として腰を降ろした大木に辿り着いた。
「レオナ様、帰りましょう」
「ほっとけ。また俺の事手懐けに来たのか」
「いいえ、私は貴方を手懐けようだなんて思ってない」
「何だと」
「何故そう思ったのか教えて頂けませんか?わざと避けられるのは私も少し堪えますよ」
「…お前、あの日の夜。兄貴と話してただろ」
「ええ」
「あに、兄貴に言われて俺に近づいたんだろ」
「いいえ、それはありません。ファレナ様とお話する機会が設けられたのは、レオナ様と出会った後ですよ」
「なら、何で俺に構うんだ」
彼は迷子の子供だ。道標を見失い、何処にも行く事も、身動きを取る事さえ出来ず、誰に縋って良いのかも分からない可哀想な子供。
「そうですね、少し、貴方に似ている人が居るんです。」
「は?」
「だから放っておけなかった。貴方を見捨てたら、その人物さえも見捨ててしまう気がしたんです。」
「…」
「言って欲しかった言葉、して欲しかった事。沢山ありました。悲しい事にその人物は貰う事は出来ませんでしたが、…欲しかった物を貴方に与えれば、その人物さえも救われた気持ちになった。」
「何だ、それ」
「その人物とレオナ様を勝手に重ねていただけなんです。申し訳御座いません。ですが、私は貴方を手懐けたいからした訳ではありません。全て私の自己満足ですよ」
「勝手に他人と俺を重ねてんじゃねえよ」
「申し訳御座いません。…帰りましょう、レオナ様」
差し伸べた手を、彼ははらって1人で来た道を戻って行ってしまった。
ああ、怒らせてしまった。そりゃそうだ、赤の他人を重ねられていたとなれば気分も悪いだろう。まだ10にも満たない子供に何を言ってるのやら。全く。
私は彼の半歩後ろを歩く。
「…誰」
「はい?」
「誰と重ねてたんだ」
「…私自身、ですよ」
彼は1度驚いた表情を浮かべたが、何も言う事無くスタスタと前を歩いて行ってしまった。

ザ、ザ…ザク、チャリ、ザ、ザク、チャ、ザ…
小さな子供の足音と、私の足音。それ以外にもう複数人の足音と金属音が聞こえていた。
前方ではない、私の背後から近づいて来る足音。中途半端に消された気配と殺気が逆に違和感を主張していた。盗賊か、誘拐犯か。少なくとも私達のお仲間になりたい奴らでは無いらしい。
レオナ様はまだ勘付いていない、ピリっとした空気感。殺気立てて後ろの奴らを追い払う方が良いかもしれないが、護衛対象であるレオナ様が居る手前で戦闘になったら厄介だ。まだ王室まで半分以上の道のりを残している今、戦うにしては分が悪すぎる。
私がこの場で倒れた場合、子供であるレオナ様がそのまま誘拐される可能性があるからだ。彼が王室まで逃げ延びる事が出来る距離で、且つその間の時間稼ぎを出来る程の相手かを見分けなければいけない。
砂の上の戦いは、案外足を取られてしまって体制が崩れやすい。気配と殺気の消し方からすれば素人だとは思うが、いつもの自分の力で考えて挑めば確実に負ける。
不味いな、奴らが行動を起こしそうだ。なんとなく気配で察知しながら、奴らが行動を起こす寸前に私はレオナ様の腕を取って走った。
「レオナ様走って!」
「なっ!」
「おい獲物が逃げたぞ!追え!」
レオナ様が振り返った。ガクンとスピードが落ちてしまったので思いっきり腕を引っ張り、走る事に集中させる。
大人と子供の足の長さは全然違う。後もう少しで王室に着くだろう時に、奴らに追いつかれてしまった。相手は5人。それぞれが刃物や殺傷能力の高い武器を持っている。
「待てよ!そのガキ置いてけ!」
「レオナ様、このまま走ってお逃げ下さい。さあ早く」
「ま、待て!お前、ナマエはどうするんだ!」
「致し方ありません。訓練の成果お見せしますよ」
「駄目だ!お前みたいな草食動物が敵う訳、」
「これでも案外強いんですから。さあ走って!」
彼にはお披露目した事のない武術。私はそれを利用して突進してきた奴の体を地面に伏せる。
それを見た彼は、「すぐに付き人を連れて来る!」と叫んでこの場から去った。さて、後はこいつらをどう倒そうか。
刃物を突きつけようとしてきた男の足を払い、腕を捻って刃物を地面に落とす。それを掴んでバランスを崩してる男の喉元に刺せば、ブシュリと血を噴出させて地面に倒れこんだ。残り4人。
「こ、の…!」
銃口をこちらに向けてくる男に、近くに居た男の襟ぐりを引っ掴んで盾にする。直後、破裂音が数発聞こえて盾にした男はぐたりと力が抜けた。
「ひ、ひぃ…!」
恐怖に染まった男に一気に近づき、腹に刃物を突きつければ、やがて男はその場に倒れた。残り2人!
地面に落ちた拳銃を拾って男に銃口を突きつけた時だった。
お腹を抉るような衝撃、途端に走る激痛。何かに刺された、それが何か判別する間も無く、急激に熱が下がる感覚。
「ぅぐ、ァ…!」
「は、はは…!やったぞ!お、おいさっさとあのガキ連れ戻せ!」
レオナ様、無事だと良いなぁ。
ぐたりとその場に倒れ込み、私はそのまま意識を失った。