今までひっそり私を見て居た彼は、今では堂々と間近で私を見るようになっていた。
訓練の時は顕著で、暇な時があれば日陰に置いてある椅子に座って見物していた。時には「動きが悪いぞ草食動物」と罵られる事もあり、毎度毎度どっか行けよクソガキと思う日々。
まあ、あまり良い待遇では無い所にあまり首を突っ込んでこない人間が来たから心を開いてくれたのだろう。彼のユニーク魔法は相当貶されていたのを何度も耳にしていたし、第一王子を褒め称えられる道具として使われているのも知っていた。きっと彼は傷心していたのだろう。それにしても警戒心を解くのが早くないか?と思わなくも無いが、まあそこは過酷な世界を知らない単純な子供クオリティであろうか。
まだ少し刺々しさも残っている彼だが、最初よりかは随分柔らかくなった方だ。他の使用人はいつも通りの対応であるが。

「…ん!」
「それは?」
「だ、だから…その、ん!」
尻込みしながらやってきた彼。
中々本題に入らず、視線を彷徨わせながら小さく「あの…その…」とぼやいていた。何か我が儘か厄介事でも押し付けられるのかと思って身構えていると、ずいっと1枚の紙を私に押しつける。
まさか、解雇?中身も見ず勝手に想像が膨らみ、雷に打たれたような衝撃を受けて中々受け取らない私の腹に紙を押しつけられた。
少し震える手で紙の記載内容を確認する。
「…?答案用紙?」
魔法史と記載のある答案用紙だった。
中身を確認しても、今まで培ってきた知識が全く通用しなさそうな言葉が羅列しており、どういった問題が出題されたのか結びつかない。
中身を見ずとも名前の隣には100点と花丸が書かれていたので何となく理解した。
「100点をお取りになったんですね、おめでとうございます。」
「…ん」
「レオナ様は勤勉でいらっしゃいますね」
「これ位、ちょっと勉強したら取れる」
「おや、地の強さですか。レオナ様の強みですね」
頬を少し高揚させて満更でもなさそうな彼を見て、本質は案外素直なのかもしれないと思った。
それから、事あるごとに彼は答案用紙を私に見せてくるようになった。それだけでなく、運動で好成績を取ればひけらかし、暇があれば魔法の知識を色々教えてくれる。
私は魔法が使えないので彼の言ってる言葉があまり理解出来なかったが、頷いて聞いてるだけで彼は満足そうに去っていくのが習慣になった。

「おい草食動物、今日はあっちの方に連れてってやる。着いて来い」
「ま、待って下さいレオナ様…」
訓練が終わって昼休憩。ご飯を食べ終わってすぐに私を呼び出した彼は、私を付き人として外に行くという申し出であった。お陰で私の残りの休憩時間は無くなってしまったが、そんな事は最近しょっちゅうある事なので既に諦め気味である。
それにしても、子供の体力は底なしだ。訓練終わりで体力が無い私はぜいぜい言いながら、素早く先を歩く彼の後ろに必死に食らいつく。
「レオナ様、ちょっと…待って下さい…ぜぇ…」
「草食動物は体力がねーな。ここの女はもっと体力あるぞ」
「元々筋肉が付きにくい体質なんですよ…」
「ふーん。草食動物も色々あんだな」
興味なさげに私の1歩前を歩くレオナ様に着いていく。ちょっとした日陰で休憩を取り、彼に水の入った革製の水筒を渡す。
「本当にここの事知らないんだな。何処から来たんだ?」
「私も分かりかねます。記憶が無いので、そのきっかけを探す為に身を置かして貰ってます」
「…記憶が戻ったら、お前はここから出て行くのか?」
「そうなりますね。それまではレオナ様達の使用人ですよ」
「帰る」
彼から水筒を受け取って、彼は立ち上がって踵を返した。いつもだったらもっと時間たっぷり使って色んな所を回るのだが、こんな短時間で戻るだなんてどんな風の吹き回しだろうか。
「レオナ様?もうお戻りに?」
「ああそうだ。今日で外に連れ出すのも終いだ。」
「かしこまりました」
ライオンは猫科だし、気分屋なのだろう。そういった意思も反映されるのか彼の元の性格かは知らないが、気分が乗ればまた連れ出されるに違いない。それまでの休暇として昼休憩は目一杯体を癒やすために使い、元の世界に戻る方法を探そう。
帰りの道中で彼は1度も言葉を発する事無く、外の散歩は終了した。

夜も少しじっとり暑くなってきた。中々寝付ける事の出来ない私は、水でも飲もうとこっそり調理場に向かう。
目的の場所からは明かりが漏れていた。他の使用人でも居るのかと思えば、そこには第一王子であるファレナ様の姿があった。
「おや、最近入った使用人ではないか!」
「ふぁ、ファレナ様!何か御座いましたか?私めで宜しければ、」
「何、水を飲みに来ただけだ。そういや、最近レオナが君に懐いているみたいだ」
「は、はぁ」
彼は私と雑談をしたいようだ。水を飲みながら私も彼と談笑を始める。
「あの気難しい弟を手懐けるだなんて、君にはそうさせる何か不思議な力でも持っているのかい?」
「いえ滅相も御座いません。私は何も持たないただの人間です。」
「そう卑下しなくても良い!レオナは他の使用人に心を開く事は無かった。」
そうさせる何か。私はただ、昔の自分を彼を重ね合わせているだけだ。私が欲しかった言葉をただ彼に投げかける。そうすれば彼は私に次第に心を開いてくれただけ。
1人で生きるのは、案外窮屈でしんどいから。
「それは光栄です」
「俺はここで失礼するよ。明日も早い」
「おやすみなさいませ、ファレナ様」
彼が置いて行ったコップと共に洗っている時、レオナ様が姿を現した。
「レオナ様、いかがなさいました?」
「お前も、兄貴の方が良いのか」
「はい?」
「俺の事手懐けて!成果を上げて兄貴の懐に入ろうとしてたんだろ!」
「落ち着いて下さい、何がどうしてそうなったのか…」
「俺に構うな!」
彼はそのまま走って去って行ってしまった。
どうすれば良いのやら。