嫌がらせ3

※中也の性格が酷い
※何でも許せる方向け


任務から帰った時だ。その日は名前に無理矢理半休を取らせた日で、戻ってもあいつの姿は無い。その上、報告書を作らないといけないのでやる気は尚更削がれるばかりだ。重くなる足取りの中、あるゴミ箱が目に付いた。
「…あ”?」
別にゴミ箱は特に変わった形をしている訳でもねぇ。その中身が問題だった。名前がマフィアに入ってすぐにくれてやったシャーペンが、他のペンと共にゴミ箱に捨てられていたからだ。壊れてしまったのであれば仕方無いだろうそれは、1番近いものを掴んで芯を出して確認するも、別に壊れた感じも無かった。ざっと見て消しゴムやペンの本数を見れば、恐らくペンケースの中身丸ごと捨ててるのだろう。俺にはそんな事をする理由が分からねえ。何か意図があるのか?頭を悩ました所で分かる事でも無い。それを回収するべく汚いゴミ箱に手を突っ込んだ。

職場に行けば、その部屋には誰も居なく真っ暗だった。まあ、任務からそのままこちらに来たので時間も時間だ。それに、誰も居ない方が探りも入れやすいので色々と都合が良い。まずは彼女のデスク周辺を目視で確認する。未だに終わっていないのか積み重なる書類の山。その奥に立てかけられた数冊のノートが目に入り、1冊手に取って中身を見る。特に変わり無さそうだとページを捲っていくと、ページ1面に油性のマーカーだろうか、ぐしゃぐしゃと元々書かれていた文字を覆い隠すべく線が引かれていた。それも、どうやら全てのノートに不規則に書かれており、中には「調子に乗るな」やら「ブス」やら悪意的な言葉が書かれている。何書いてんだこいつ、あいつがブスな訳ねえだろ。腹を立てながら彼女の引きだしを開ける
「うおっあっぶね」
わざわざテープで固定された折れたカッターの刃が数本、引き手部分に付けられていた。持ち方によっては手にぐっさり刺さるだろう。未だに固定されてるという事は、彼女が開ける事が無かったという事なのだろうか。念の為他の引きだしも確認すれば、まあご丁寧な事に全ての引きだしにそれはあった。自分の手を傷付けないように全ての刃を取りながら、それをゴミ箱に捨てようと彼女専用のゴミ箱に目を向ける。
「あ?何だこれ」
あまり人のプライベートなんざ見るのも気が引けるが、この際仕方ねえ。ゴミ箱の前にしゃがみ目視で確認するも、ゴミはほとんど入っていなかった。ただ、カッターの折れた刃が5枚と、丸められた小さな紙だけが捨てられていただけだ。紙を開けば、「死ね」という文字。念の為彼女のデスクの引きだしを開けて使ってるカッターを確認すれば、少し短くなってるが5枚も折っていないであろう刃があった。新しく変えたのか、否それは無い。捨てられているカッターの刃は形が全て同じで、最後の穴の開いた芯は無いからだ。
「こりゃひっでぇな…」
恐らく誰かから嫌がらせを受けているのだろう。今まで気づけなかった自分に不甲斐なさを感じながら、必ず相手をぶっ潰すと心に決め、まずは任務の報告書を作る為に自分のデスクに戻った。

午後から出勤してきたあいつが、恐らく俺の機嫌が悪くて周囲にも伝染し、ピリピリした空気に見かねたのか俺に話しかけてきた。珈琲を淹れて貰ってる最中に、あいつに何と質問するか考える。核心に触れてしまえば、俺が何かとうるさくなる事を見越して恐らく隠すだろう。実際、それで何度かはぐらかされ喧嘩に発展する事もあった。それに、俺が裏から動いてる事を気づかれたく無い。それこそ喧嘩になるのが目に見えるからだ。それで尚更隠されるような事もあれば面倒だし、彼女に気づかれないよう動くには、遠回しに聞くか周りから情報を集めるしか無い。珈琲を俺のデスクに置き、踵を返す彼女の手を咄嗟に掴んだ。
「お前、今何か不便な事はねえか?」
「不便?」
「嗚呼」
「うーん…」
「否、無ぇなら別に良い」
「そ?特に思いつかないかなぁ」
こいつ、マジな目だ。マジで不便な事が無い目をしてる。嫌がらせを受けてるという自覚が無いのか?それとも、全く意に介して居ないのか?離れていった彼女の背中を書類の隙からじっと見るも、別に至って普段通りだ。俺はあいつのように頭が良くないし、太宰の野郎みたいに他人の感情を読み取る事も出来ない。それに、彼女はこんな俺なんかよりも感情が薄い為、あまり頓着が無いのでそんなに被害が無ければ良いと思ってる可能性がある。彼女に気づかれないように動くにはどうするべきか。羊の時は俺が彼女に元々べったりだったのもあり危害など加えれる事も無く、敵自体外部から来るものであったので、同じ思想を持つ羊の中には敵など居なかった。今居るこのポートマフィアは、色んな思想を持つ者が居り、中には他者を蹴落としてでも自分が上に上がろうとするような人間も居る。マフィアに入ってから今まで相談に乗ってきた中でも、嫌がらせを受けてたという話をそれなりの数を聞いた事があるし、そういう奴ほど隠れるのが上手い。規模もでかいとなりゃ人数が膨大すぎて犯人を絞る事も難しいだろう。さて、どうすべきだろうか。仕事をしてるように見せる為、既に彼女が出勤する前には出来上がっていた報告書に睨みを効かせながら、頭を悩ませた。

あんまり表立って動いてしまえば彼女の耳に入ってしまうだろう。報告書を首領に提出し、特に行く宛も無く歩き回る。すると、休憩室から「名字」という単語が聞こえ、思わず息を潜めた
「中原幹部が目に掛けてるって言うからちょっと遊んでやってんだけどよ、まじ常識無いっつーか」
「ふーん」
「この俺が遊んでやってんのに口答えするんだぜ?」
そう言って豪語するクソ男と、それを微妙な顔をしながら聞いている男が休憩室から出てきた。咄嗟に異能力を使って天井に張り付き、奴らの視界から消える。そのまま男はベラベラ名前の事を喋っており、俺に気づく事は無い。聞いてる限りだと、名前の反応を考えればこの男が嫌いなようだ。それをまあ常識が無いやらボロクソに言っており、胸くそ悪い。名前の悪口となれば尚更だ。もしや、嫌がらせの犯人はあいつか?
「ちょっと脅せばヤれそうだ」
スッと表情が無くなるのを感じた。

「よお、ちょっと時間あるか?」
「な、中原幹部、お疲れ様です」
「こっち着いて来い」
男は、途中で微妙な表情をした男と別れて1人になった。その隙を狙って背後から話しかける。そのままマフィアのビルから出て、人通りの無い路地まで足を進め、男に向き直る。男はビビっているのか、表情は硬直したままだ。
「名前に何かしたのか」
「い、いえ、自分はそんな事は…」
「まあでけぇ声で楽しそうに話してただろ、俺にも言ってみろよ」
胸ぐらを掴んで壁に押しつけ問いただせば、奴はビビり散らしたのか聞いても無い事をベラベラ話す。それを一言一句聞き逃さないよう耳を傾ければ、やがて男は紡いでいた言葉を止め、静かになった。
「もう1つ聞く。手前があいつの嫌がらせをしていた犯人か」
「し、知りません!自分はそんな事、」
「ふーん、なら良いわ」
懐に忍ばせていたナイスで男の頸動脈を切り、その場を立ち去った。

予想外の邪魔者を消したものの、嫌がらせの犯人の情報は全く無い。こりゃ長期戦になるか?頭をガシガシ掻きながら名前の所に行こうと職場に戻れば、俺の部下である1人が名前のデスクに何かしていた。どうやら名前は居ないようで姿は無い。名前のデスクの前に立っている女が、俺の方を驚愕した表情でこちらを見つめており、俺もその女、否、女の手に持つものを凝視した。
その手には、カッターが握られていた。
「…おい、」
「ち、違うんです!」
「何が違うんだ」
「こ、これは訳があって、」
「着いて来い。いいな」
思ってたよりも自分が冷静な声な事に驚いた。腹の中は煮えたぎる程の怒りが渦巻いてるのに、頭だけは熱がスッと冷えるような感覚だ。女が着いてきてる事を確認しながら、話を聞くべく本日2度目の路地まで歩いた。
「で、何が違うんだ」
そう聞けば女は喋りだした。正直、聞くに堪えないものばかりだ。「名前が他人をいじめている」「私も被害にあった」支離滅裂な言い訳をかまし、矛盾だらけの言葉に頭に血が上る。しまいにゃ「貴方の為にやった事だ」と責任転嫁する始末。
「少なくとも、お前よりかは俺の方が名前の事を知っている。あいつはそんな事する奴じゃねえ」
「で、ですが」
「よくも名前を侮辱しやがって…!」
「ヒッ、」
駄目だ、抑えろ。異能力で殺せば俺がやったとすぐにバレるだろうが。敵組織から襲撃に遭ったという風に見せた方が揉み消しやすい。そう心で制御しようとするのだが、時既に遅し。ドガッと物凄い音を立てながら、俺を中心に地面は抉れた。目の前に居た女は人の姿を取っておらず肉の塊となり、身元すらも分からない有様だ。辺りは血溜まりの海と化しており、俺の靴を汚す。
「あーあ、どうすっかな」
とりあえずあいつの顔でも見に行けば少しは苛立ちも収まるだろうか。コツコツ足音を鳴らしながらその場を去った。