嫌がらせ2

あの後は書類整理に追われに追われており、デスクから移動する事も無かったお陰か特に嫌がらせの被害も遭わず、中也が帰ってくるという言葉を信じたであろうあの男も来なくて快適に過ごしながら1日が経過した。否、快適に過ごしたと言うものの、下級構成員だった頃はこんな事をされる事は無かったのだが。
有給の消化として今日は半休を貰っていたので、のんびり家事をこなしていく。あまり休みを取らない私を見かねた中也が「休みを取れ」と強制的に取らされた日である。甘えて休みを取ったのは良いが、その分昨日は残業をこなしたのでどっちもどっちである。買い溜めた本の消化をしていれば、出勤時間に迫っていたので慌てて家を飛び出しす。途中で100均に寄り、適当に購入したペンの類いをのケースに仕舞った。中也に見られなければきっと大丈夫だろう。
午後から出社すれば、既に中也は任務から戻ってきていたようで書類と睨めっこをしていた。どうやら昨日の任務の報告書を作らないといけないようで、眉間に皺を寄せて足は貧乏揺すりをし、明らかに苛立っていた。さすがに付き添いなどしてない任務の報告書など作成するのは私には出来ないので、彼がやらざるを得ないのだ。そんな中也の姿に、私を除いた彼の部下である構成員が恐れているのか少し顔色が悪いので、さすがに可哀想だし助け船でも出そうと思い、今にも書類を睨み殺してやると言わんばかりの表情の彼に近づく。うーん、いつも以上にイライラしてるのは眠気のせいなのだろうか?いつも以上に目つきを悪くさせるも、何処か少し眠そうな顔をちらつかせている中也に声を掛けた。
「おはよう中也。」
「嗚呼、はよ。」
「珈琲でも飲む?」
「頼むわ」
上層部が使っている職場には簡易的なキッチンがある。ちなみに、この部屋を出れば仮眠室やら休憩室も備わっており、下級の構成員が集まるフロアにはそういう類い無いので破格な対応だろう。とは言っても、その分上層部の仕事の方が危険な仕事が回り、数もこなさないといけないので忙しさも比にならないのだが。お湯を沸かし、彼の分とついでに自分の分も珈琲を淹れれば、香ばしい匂いが鼻を擽る。まあ、珈琲はそこに備え付けで置いてあるインスタントのものを使用しているのだが、最近のインスタントは莫迦に出来ないので偉いものだ。盆に自分用と中也の分のカップを置いて彼のデスクに持っていけば、休憩を取るのか身体を伸ばして解していた。
「どーぞ」
「悪いな」
「いんや。結構疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「問題ねえ。」
「そ?なら良いんだけど」
「…なあ」
盆を下げようと踵を返す前、中也は私の腕を掴んでその場に留まらせた。振り向いて彼の顔をじっと見れば、彼は真剣な顔をしてこちらを見返してくる。
「ん?なあに?」
「お前、今何か不便な事はねえか?」
「不便?」
「嗚呼」
「うーん…」
「否、無ぇなら別に良い」
「そ?特に思いつかないかなぁ」
不便というより迷惑をしている事は思いつくのだが、不便と言われればまた別な気がする。中也の意図がよく分からないが、まあきっと構って欲しさに何か会話を広げようとしていたのだろう。よく分からないが。
残業したにも関わらず、未だに積み重なる書類を捌くべく私はデスクに戻った。

「はぁ…疲れた…」
「おー、お疲れさん」
山のようにあった書類を、数日掛けてやっと捌く事が出来た。中也が居る事によって強制的に帰らされる為、残業をする事は無かったのだが、仕事をしてないと逆に落ち着かずに家に帰っても十分に睡眠が取れて居なかった。お陰で目の下の隈は濃く、顔もげっそりしている事だろう。それもこれも中也が全部丸投げするからだ、彼は悪びれる様子も無く私が作った書類に目を通す事も無い。「ちゃんと確認して」と言えば「お前が作ったんだから大丈夫だろ」と言って全く確認するつもりが無いようである。全く、そんな子に育てた覚えは無いのだが。
「なあ、名前」
「ん?」
「今不便な事はねえか?」
「何それ、前も聞いてたよね?」
「まあな」
不便、というより迷惑をしていた事は思いついた。そういえば、この数日間嫌がらせの類いもあの男が来る事も無くなった気がする。ほとほと迷惑していたので、どういう心境になったのか分からないが、まあとりあえず心変わりしてくれたのであればこちらとしては万々歳だ。
「特に無いよ」
「そうか」
「あれ、そういやあそこに座ってた人、最近来てない?」
「…嗚呼、何か巻き込まれたみたいだぜ」
「何そのざっくりとした答え…」
「お前にゃ関係無ぇ事だ。」
そう言うと中也は椅子から立ち上がり、私が渡した報告書を手に取って「首領に提出してくる」と部屋を出て行った。
なんだか少し機嫌の良い彼の後ろ姿を見送り、私は他の構成員の仕事を手伝う事にした。