嫌がらせ4

「こ、此方です」
「…!確かに、これは酷い有様じゃ」
先刻、紅葉の部隊である構成員の1人が路地を通ろうとした際、マフィアの構成員が死亡しているのを発見したと報告が上がった。目撃したという構成員は、走ってきたのか行きを乱しており、いささか顔色が悪い。何処からかの刺客の可能性がある為、報告してきた男に案内させ紅葉直々にその場所に少し早足で向かう。悪い芽は早めに摘むのに限る。
その路地に近づくにつれ、薄らと見えていた靴底に付着したであろう血痕が濃くなっていた。恐らくこの靴の形をした人間が構成員を殺したであろう犯人だろう。殺された人間ははどれ程の出血をしたのだろうか?その曲がり角を曲がった時、紅葉は目をひん剥いた。それ程酷い有様であった。
抉れた地面を中心に血飛沫が舞い、そのど真ん中には既に原型を模っていない人間だったであろう肉片が落ちていた。身元どころか目視だけでは性別すら確認するのが困難であった。男にしては少し長い髪からして、恐らく女性だろうかと憶測を立てる事しか出来ない。そして、その奥にも男の死体が1つ。此方は喉をナイフのようなもので切られただけのようで、身元の確認がすんなり終わりそうだ。紅葉はため息を1つ零しながら、数年前に指導を行った1人の男を思い浮かべる。
「これは、敵組織からの襲撃でしょうか…」
「否、これは―――」

「中也がまたやらかしおったでのぅ」
「はぁ、またかい…」
場所は変わり、首領執務室。
鴎外と紅葉が笑みを浮かべながら優雅に椅子に座って対談していた。とはいえ、それは外見だけであり、流れてる空気は重苦しい。
あの後、紅葉は案内役として来ていた男に死体の回収を命じ、首領まで報告しに来た次第だ。恐らく紅葉の部隊は現在身元の確認でてんやわんやしているだろう。中也に聞けば身元が判明するとは、鴎外も紅葉も選択肢に入れていなかった。なんせ、今までも同じ事が幾度もあり、最初の数回は本人に聞いていたものの、毎度「知らない」と返ってくるだけであったのだ。最初は虫の居所が悪くて喧嘩に発展し、感情を制御出来ずそのまま相手を異能で殺していたのかと思っていたのだが、理由を問い詰めれば毎度「名前に危害を加えた」と返事が来るので、恐らく今回も彼女絡みであろうと2人は頭を悩ます。
中原中也は基本的には鴎外に忠実な僕である。鴎外の命令には背く事も無く、ただ言われた事をこなしていく。そうして幹部の座まで登り詰めたのだから、彼自身の力や実績というものは素晴らしいものであった。ただ、それも名前が絡んでいなければの話である。中也は同郷である彼女に心底惚れており、彼女に関しては目が無い。否、最早依存しているのだ。中也が居る所彼女有り。逆も然り。中也に任務を与えない限り、彼女にべったりで常に行動を共にしている。基本従順である中也は、鴎外が彼女に対して任務を振り分ければ、それは彼女に届く事無く中也がその任務に出て行くのだ。毎度鴎外が口酸っぱく注意はしているのだが、中也はその時の返事だけは良く、聞く耳は持たないようである。それも何年か続けば鴎外の方が諦めるようになり、必要であれば中也を護衛に付けて彼女を任務に送る程には妥協するようになった。それ程中也の執着心というものは凄いものであった。
「とりあえずは中也君を呼び出して話を聞かなければいけない。」
「最早名前から聞き出した方が早くないかえ?」
「あの鈍感な名前君から聞けるとは思えない、それに殺害理由は名前君にも分からないだろう?」
「それもそうじゃった。まあ、理由なぞ1つだけだと思うのじゃが」
そうして鴎外は中也を執務室へ来るように命じた。

「首領、中原です。ご指示に従い参上致しました。」
「中也君、今回君を呼び出した理由は1つ聞きたい事があってね」
「はい、何でしょうか?」
「見当が付いていると思うが、路地で2人の遺体が発見されたのだよ。この犯人は、君だね」
「…ええ」
「理由を聞いても?」
「名前に危害を加えたからです」
「それは名前君が」
「俺が!…俺が、独断でやりました。あいつは関係ありません」
「はぁ、全く…」
「…申し訳ありません。」
「とりあえず、君には1週間罰を与える。善いね?」
バツが悪そうにしながら謝罪をする中也だが、今後も彼女に危害が加わったとなればまた同じ事を繰り返すだろう。全く、執着心というものは怖いものだ、鴎外と紅葉は心の中で名前に合掌した。