小さな彼その後

けたたましい目覚ましの音で意識が浮上し、片手で目覚まし時計を探しながらアラームを消す。早く起きないと出勤時間に間に合わねえ。眠りたがってる脳や身体を無理矢理上体を起こしてぼんやりベットに座ったまま、昨日カーテンを閉め忘れた為に部屋の中に入り込む太陽の光を見つめる。その視線を自分の両手に持っていき、手を開いたり閉じたり動作をする。嗚呼、いつもの手だ。昨日までは1周りも2周りも小さく、この手を名前の温かな手で握って貰っていた。
ある任務を首領から任されて行った先、どうやら身体と精神を後退させるというクソ異能力者が居たらしく、まんまと引っかかってしまった。俺が名前にしか懐かなかったという事と未だに言葉が理解していなかった時期だったので、必然的に名前に世話される事になったのだ。そういや、推定7歳だった頃の俺は今の記憶が無いのに何故名前だと分かったのだろうか、異能に掛かっていた時の記憶があるのはあるが、今になっても理解出来ない。勘なのだろうか。
「やっべ、もうこんな時間じゃねぇか…!」
ぼんやり両手を眺めるのを止めて時計を見れば、いつの間にか30分程経過しており慌てて仕事に行く準備を始めた。

「はよ…」
「中原幹部、おはようございます!」
「あ、中也おはよ」
「おう、おはよ」
なんとか遅刻せずに出勤出来た俺は、ほっと胸を撫で下ろした。慌てすぎて足の小指をぶつけて悶えてた時間が無けりゃもっと早く着いたのだが、まあ間に合ったのなら問題ねえ。ちょっと足が痛い位何だってんだ。それよりも大事な問題がある。俺は自分のデスクに置かれてる書類を1枚手に取りながら、「え、中也が書類持ってる…」聞こえてるぞ名前、何そんな驚いた顔してんだ俺だってちょっとは目を通す位はするぞ。説明しろって言われたら、ま、まあそれは置いといて、これから問題とどう向き合うべきか考える。
そう、問題とは名前とどう接すれば良いかの問題だ。なんせ、後退していた時の記憶はバッチリクッキリ覚えているのだ。俺が色んな失態やら我痴態やら見せ我儘を押し通しまくった記憶も、その、名前と…ふ、風呂に入った記憶とか、いやいやいやべべべべ別に???小さい頃入ってたし???全然、全ッッッ然動揺なんかしてないからな???
「中原幹部、少々宜しいですか?」
「ひゃい!?」
「え、えっと…」
「…んだよ」
「あ、こちらについてなのですが…」
クソ、いきなり話しかけられて変な声出ちまったじゃねえか。別に動揺なんかしてねえのによ。おい名前笑ってんじゃねえよ肩震えてるの丸見えだぞチクショウ、他の奴らもつられて笑ってんじゃねえ。
「ダァーーー!!!笑ってんじゃねえよ!!!」
「ヒィーーー!」
「爆笑もすんじゃねえ!!!!」
酷い奴らだ。名前なんか俺がキレた事によって腹抱えて笑い出した。顔に熱が集中するのを感じながら声を掛けてきた部下の話を聞こうとする。おい、手前も笑ってんじゃねえよ。話せよチクショウ。声を震わせながらこちらに必死に話す部下だが、全く何言ってるか分からねえ。とりあえずその笑い止めてからもっかい話し掛けろと言えば、10分程こちらに来る事は無かった。

部下との話が終わり、先程の書類をじっと眺めながら名前とどう接するか考える。先程の会話の感じといい、特にあいつは気にしてないようだ。俺が記憶を持っているという事を誰にも報告していないが故に知らないからなのか、はたまた俺の事を全く意識してないのか。前者であって欲しいと願いながらもとりあえず俺の心情的な意味でドギマギしちまうというか、普段通りに接する事が出来なそうだ。
「中也」
「…」
「中也ってば」
「はぁ…どうすっかな…」
「ねえ中也!」
「へぁ!?」
「ちょっと中也、大丈夫?さっきからずっと呼んでるんだけど」
「ななな何も問題はねえよ。」
「…持ってる書類、逆だよ」
「…っるせぇ!!!動揺なんかしてねぇよ!!!」
「???何も言ってないんだけど」
名前に話しかけられて心臓が一気に跳ね上がりながら会話をする。至って普通に返事が出来たと満足していれば、書類が逆だと指摘された。んな訳ねえだろ…やべえ書類が逆とか全く気づかなかった。これじゃまるで動揺してるみたいじゃねえかとそっと持ってる書類を逆に回す。これで完璧だ。俺は至って普段通りに動けてる。
「熱でもあるの?」
「へ…」
「うーん、熱は無いようだけど。異能の後遺症?首領に診て貰った方が、」
「いいいい善い!!!!問題ねえ!!!俺は至って普通だ!!!」
「否、普通じゃないから言ってるんだけども…」
名前の顔を見れないまま視線を逸らして会話をしていれば、ふとした時に視界一杯に名前の顔が映った。熱があると勘違いしたようで俺の額と名前の額をくっつけて体温の確認をしたようで、ちょっとだけ額に衝撃が走った。そこからじんわり熱を持ち、心臓が暴れ狂う。落ち着け、落ち着け俺、別に動揺する事はねえだろ、いつも熱を測る時は額をくっつけてるだろ、そういつもの事だ。
「普通ならその書類、ちゃんと片付けてね」
そのまま席を外した名前の後ろ姿を見送った俺は、泣く泣く書類整理に取り込む事になった。

それから数時間、俺なりに仕事に取り組んでは居たのだが集中力が切れてしまった。それに、彼女の顔を随分長い事見てない気がしてきたので彼女のデスクを見ればそこに姿は無い。戻ってくる気配も無く、報告書の提出や休憩でそれなりに彷徨いていたのにすれ違いもしない彼女の所在が気になった俺は、探しに行こうと席を立った。何処に行くという報告も無かったので恐らく外には出てないだろうしそこら辺でも探してみるか。

こうして、休憩室で小さくなった名前を見つけたのであった。