弟離れ

織田作さんとの午前中の訓練が終わり、昼休憩に入った。訓練所で体力が尽きて地面と仲良くしている私は、未だに足が震え身体の力が入らずに寝転んでいる。反して、既にお腹をぐうぐう鳴らしていた織田作さんは私の事を心配しながらも昼食を取りに行った。私が起き上がるまで一緒に居てくれようとしていたのだが、ずっとお腹を鳴らしているのでこちらが申し訳無くなり、なんとか言いくるめて彼を見送ったのだ。そろそろ昼休憩に入って20分になるだろう、休憩は1時間しか無いのでそろそろ動かないと昼ご飯を食いっぱぐれる事になる。午後もハードスケジュールだろうし今食べておかないと確実に動けなくなる。なんとか腕に力を入れて立ち上がり、よろよろと覚束ない足取りで財布を取りに行った。
少し身体が軋むが、まあ動かせない事は無いのでとりあえず適当にお弁当でも買いに行こうと廊下を歩いてる時だった。おかずは何にしようかなと考えてると、ふと前方に飴色の髪を持った中也が歩いてる事に気がついた。
「おーい、ちゅう…」
彼もご飯なのだろうか、せっかくだし昼食でも誘ってみようと片手を上げて中也を呼ぼうとしたが、最後まで言葉を紡ぐ事は出来なかった。
彼の死角に入っていたのだろう、彼よりも頭1つ分小さい女性が並んで歩いていた。その子はとても可愛らしい子で、中也もなんだか楽しげに話していた。嗚呼、きっと彼はあの子とご飯を食べるのだろう、私は彼らの間に入る事も無く、ただ、この感情の落とし前をどうしようか考えた。

こういう時、どうすれば良いのだろうか。よく相談していた白瀬はもう居ない。となればこのマフィアの中の人に聞くのが普通なのだろうが、あいにく私に同僚という人物も居なければ、友人といえる人間も存在しなかった。周りで会話する人となっても結構限られてくる。織田作さんはきっと相談すれば親身になって聞いてくれるだろうが、上司という立場も相まって聞きづらい。当の本人である中也に聞く訳にもいかない。自分で考えて自分で答えを出す他無いだろう。だが、あまり人生経験の無い私にとってはどうすれば良いのか検討が付かなかった。
「はぁ、どうするかなぁ…」
「あれ、名前。こんな所で昼食かい?」
「…!太宰君!」
「おや、善い反応だね。どうしたんだい?なんだか落ち込んでたようだけど」
休憩室で1人で昼食を取っていれば、太宰君がどこからともなくニュッと現れて声を掛けられた。そうだ、太宰君だ。太宰君なら頭も良いし相談に乗ってくれるかもしれない。なんで彼を忘れていたんだ私…!偶然ながらも話を聞いてくれるのか私の向かい側の椅子に座ってこちらをじいっと見つめてくる。
「あのね、相談に乗って欲しいんだけど…」
「どうしたんだい?」
「中也がね、知らない女性と歩いてたの目撃してしまって…」
「うんうん」
「私、中也離れ出来てないんだなって思ってしまって…」
「うん?」
「中也見つけたら私から話しかけたりとか結構しちゃうし、何ならさっきもご飯誘おうとしてて…!駄目ね、姉離れしなさいって言ってるのにこれじゃ…」
「…」
「で、弟離れをするにはどうしたら善いんだろうって…太宰君、何か案無い?」
「善いだろう、私に任せ給え!」
「本当!?有難う!」
「こりゃ面白い展開になりそう…プププ」
「?何か言った?」
「否、何でも」
いつもいつも姉離れしなさいと口酸っぱく言ってるのに、私が弟離れしていなかったら意味が無いだろう、太宰君が嬉々として打開策をつらつらと出してくれるので、よく思考が回る子だと感心する。
真剣に話を聞きすぎて、休憩時間が10分程オーバーしてしまったのは言うまでもない。

次の日の昼休憩、はたまた地面と仲良くしていたのだが、遅刻という同じヘマは踏まないぞと10分で地面から這い上がった。正直身体がガックガクで今にも膝から崩れ落ちそうなのだが、財布とメモを持ちながらなんとか気合いで廊下を歩く。このメモは昨日弟離れをする項目は結構あったので取らせて貰ったものだ。簡潔に書いてるがざっと2ページ分あるそれは、太宰君が頭が良いという証明でもあるだろう。そのメモを眺めながら歩いて行けば、ふと中也がこちらに歩いてる事に気がついた。
「名前」
「あ、中也」
「今から飯か?」
「うん、まあね」
「一緒に食わね?」
「あ、えっとね…」
「先約でもあるのか?」
「ま、まあそんな感じ」
「中也を見かけてもこちらから話しかけない」「中也にご飯を誘われたら誰かと約束してると言う」太宰君から貰ったアドバイスの一部である。こうする事でお互いの距離が出来はじめ名前は弟離れが出来、更に中也が姉離れを出来る事だろうと太宰君が言っていたのだ。裏切ったのに私の事を嫌わずに受け入れてくれた中也に対して嘘を吐くなど、正直心苦しいのだが、それでも姉離れ出来るのであれば致し方ない。
「そうか…」
「う、うん」
「そうなのだよ!これから名前は私と一緒にランチさ。ね?」
「手前、クソ太宰…!何で名前を誘ってンだよ!ふざけんじゃねえ!」
「え、え?」
「別に私が名前を誘おうが勝手じゃないか。ねえ?」
「あ、うん」
「名前、手前もこいつにホイホイ着いて行くんじゃねえ!」
「断られたからって名前に当たるんじゃないよ中也、君は寂しくぼっち飯でも極めてれば善い」
「はぁあ!?誰が手前が相手と知って名前2人で食わせるか!絶対着いてってやる!つーか肩組んでんじゃねえ名前から離れやがれ!」
後ろから太宰君が現れて私の肩に腕を回してきた。余裕を持ちながら挑発する太宰君に対し、プンスカ怒ってる中也が私と太宰君の間に割り込んで引き剥がす。そのまま私の手を握りながら太宰君とギャーギャー文句を言い合いながら廊下を歩く
「あ、織田作じゃないか!今からご飯?」
「否、もう食ってきた」
「早ッ!?早いよ織田作、ご飯誘おうと思ってたのにー」
「は?名前と食うんじゃなかったのかよ」
「え?嗚呼、中也をからかう為に言った嘘だよ。いやあ今週の負け惜しみ中也のネタが出来た」
「はぁ!?こいつは手前と飯に行くって、待て、おいおいおい待てよそれまだ続いてるのかよ!?いい加減止めろやクソ太宰!」
「やだね」
「クソが…!」
「あ、あの、時間無いからもう行くね?」
「クソ太宰後で覚えてろよ…名前、行くぞ」
「え、え、ちょっ太宰君…!」
「行ってらっしゃ〜い」
たまたま通りがかった織田作さんを見かけた太宰君はそちらに駆け寄って行ってしまった。その後ろに着いていけば中也に吐いていた嘘がバレてしまい、結局ご飯を共にする事になった。抵抗する間もなくイライラしている中也に腕を引かれ、私は手を振る太宰君に手を伸ばす事しか出来なかった。
「ふふ、それにしても可愛いじゃないか」
「何がだ?」
「中也とご飯を食べるのは自分が善いだなんて、ねぇ…」
「?」
「否、こっちの話だよ」
そう太宰君と織田作さんが会話してるのは知る由も無い。