再び

それを目の当たりにした時、言葉が出なかった。頭がガンガン痛み、思考が纏まらない。思わず頭を抱えて深いため息を零した。
「ああああちゅうやさん」
「…おい、どういう事だ」
「それはこっちのセリフですよ!」
「…何でこうなった」
「こちらが聞きたい位です!」
いつも書類に追われてヒィヒィ言ってるのに、今日は珍しく姿が無かった。まあ、昨日まで俺が小さい姿になっていたので仕事も無いのは当たり前なのだが、やはり何処に居るかも分からない状態であれば仕事が手に付かない。ならば探して引き戻せば良いと考えて彼女を探しに入った休憩室で見た光景は、樋口を警戒して後ずさりしている、シャツ1枚纏っているだけの小さい名前の姿だった。

「ここは何処ですか」
「ヒィー!喋った!」
「普通に考えたら喋るだろうが、おい名前、お前今いくつだ?」
「何故私の名前を知っているんです」
「ッ、あー…俺の事、分かんねぇか」
「…」
「この髪の色と目の色に見覚えは?」
「…あ」
「分かったか?」
「ちび君?」
「おーそうだちび君だ。ちなみに、俺の名前は中原中也だ」
「ちゅうや?」
「ン”ッ…おう」
混乱してよく分からない事を言う樋口を放置し、状況を確認しようとズカズカ樋口との間に入り込めば、彼女は肩を震わせながら警戒して後ずさる。やがて、壁に背が当たり逃げ場が無く何か決心したような表情をする彼女に近づき、それでも数メートルは離れた場所にしゃがみ視線を合わせる。昔から変わってない俺の髪と瞳を見せれば、やがて警戒は薄くなった。少し舌っ足らずながらも俺の名前を呼ぶ彼女に胸打たれながら返事をする。
「ちび君という根拠は?」
「ちびじゃなく中也って呼べ。…あー、お前今何歳だ?」
「ななさい」
「んー…時期にもよるが、お前の背中によく飛び乗ってた」
「中也さん…」
「うっせぇ黙ってろ」
「他は?」
「お前に言葉を教えて貰ったな。そういや、その時に野郎共3人をぶっ潰した。そいつら、何かに潰されたような感じだっただろ?」
「…ちび君だ」
「だからそう言ってるだろ。おら、こっち来い」
「でも、ここは何処なの?」
俺に対しては完全に警戒を解いてくれたようで、しゃがんでいる俺に足取り軽やかに近づけば俺の両手を握りしめて、辺りを見回している。俺だけを頼ってくれてる事に正直幸福感半端無いが、そんな事も言ってられねぇと幸せを噛み締めながら緩みそうな表情筋を抑え、状況の説明を始める。
ここはポートマフィアの敷地内で、未来のお前はここで働いている事。お前は本来22歳だが、異能力のせいで小さくなってしまった事。ざっくりとした説明でも頭の良い彼女は発狂はしなかったが、やはり彼女にとっては非日常的な話で、話し終えた時には少し混乱しているようだった。
「い、異能力?」
「おう、お前も持ってるだろ?」
「え、いや、あの…」
「未来のお前から聞いた」
「…未来の私は君にそのお話したって事なの?」
「まあそうだな」
「…そっか」
神妙な顔をしながらも何も言わず静かに聞いていただけの彼女は、異能力の話を出せば物凄い慌てだした。これに関してはシラを切るつもりらしく、今まで静かだったのに対し、あからさまに目を泳がして異能に対してのみ追求してきた。まあ、利用価値が相当高いであろう貧民街では隠そうとするのは無理も無い、こいつの言い分は全て理解したつもりだし、否定するつもりも毛頭無い。考え込むような素振りを見せ、「うーん」と言葉を発し、たまに周囲を確認する彼女が下す選択をただ待つ。やがて、今の状況が異常であるが故に信憑性が高いと結論付けたのか、「ちび君を信じるよ」と言ってくれた。だからちびって呼ぶんじゃねえよ。
「とりあえず、首領の所に行くぞ」
「ぼす?」
「嗚呼。リーダー的な存在な奴な。」
「それ位知ってるよ、」
「そうか。」
立ち上がって彼女の手を繋ぎながら、一部始終を目撃していたであろう樋口に彼女が小さくなった時に落ちてしまっただろう服を回収させ、共に首領の所まで足を運ぶ。足の長さが違うので、彼女の歩幅に合わせながら廊下を歩いてる時、やたら構成員達がざわつきながらこちらを見てくる。それをひと睨みしながら歩いてると、辺りを見回しながら歩く彼女が話しかけてきた。
「それにしても、ちょっと大きくなった?」
「おい待て、あの頃からちょっとどころじゃねえだろ、嘘だろ?」
「お洋服着れるようになったんだ、よかったぁ」
「中也さん…」
「おい樋口、何だその目は。」
「こら、威嚇しないの」
「…おー」
「ちゅうやさん…」
「もう何も言わねえ…」
つーか服に関しては今のお前も同じような格好じゃねえか。そう思いながらも樋口が居る中、喋ってると墓穴を踏むだろうからぐっと黙る。じと目で見てくる樋口にも睨みを利かせながら、首領の所まで足を運んだ。