ソファーは二人で座ると、少しだけ距離が近い。最初は気にしていなかったはずなのに、いつの間にか、私は七海の腕に寄りかかる形になっていた。
「重くありませんか?」
寄りかかっても拒否はされないが、念のため聞いてみる。腕から目線を上げるように見つめると、新聞から視線を外さないまま、七海は答えた。
「大丈夫です。あなたこそ、嫌じゃないですか」
「嫌なら、寄りかかったりしません」
七海はちらりとこちらに目を向けて、また紙面に視線を戻した。了承を得た私はそのまま、ソファーの背にもたれて、七海の肩に軽く頭を預ける。テレビの音と、紙がめくられる音。それだけの、とても静かな時間だった。さっきまで話していたはずなのに、いつの間にか、二人ともほとんど喋らなくなっていた。不思議と、それが居心地悪くない。
寄りかかっていると七海の体温がじんわりと伝わってきて、それが嬉しくなって、さらに身を預けてしまう。相変わらず拒否されるどころか身じろぎもされずにそのままを許されるので、ぽかぽかと体が温まってきた。体温がほどよく上がってくると、緩んで瞬きがゆっくりになってくる。ふわ、と軽くあくびが出てしまった。
「……眠いですか」
「ちょっとだけ」
「無理に起きている必要はありませんよ」
「寝ません。ちゃんと見てます」
もう少し七海とこのままでいたくて、私はちょっとだけうそぶいてしまう。少し姿勢を直そうとして、顔を上げた。ちょうどそのタイミングで、七海もページをめくろうとして、視線を下に向けたようだった。
――距離が、思ったよりも近かった。
ほんの一瞬のことで、どちらが動いたのかよくわからない。気づいたときには、唇が軽く触れていた。キスとも呼べないほどの、かすかにかすめるくらいの触れ合い。だけどしっかり感触が残っている。
「……」
「……」
一瞬、時間が止まったみたいにお互いに何も言えなくなる。目が覚めてしまって、私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。七海は、すぐに体を引く。
「……失礼しました」
真面目な顔で、そう言う。表情は変わらないのに、かすかに慌てているように見えた。この人には珍しい仕草だ。
「不注意です。距離の認識が甘かった」
「そんな……」
謝られるようなことじゃないと言おうとして、でも心臓がうるさくて、うまく声が出なかった。
「……嫌でしたか」
七海が、少しだけ慎重な声で聞いてくる。その様子に、胸がぎゅっとなった。
「……嫌じゃ、ないです」
正直に答えると、七海は少しだけ言葉に詰まったように見えた。本当に嫌なんかじゃなかった。むしろ嬉しかったのに、七海の方を見るとうまく言葉にならない。
「……そうですか」
それだけ言って、また新聞に視線を戻そうとする。……戻そうとするけれど、手が止まっている。
「……」
数秒の沈黙のあと、七海は小さく息を吐いた。
「……改めて確認するのも、変な話ですが」
こちらを見ずに、続ける。
「あなたは……嫌ではないという認識で、合っていますね」
「……はい」
「……そうですか」
それ以上、七海は何も言わない。でも、新聞はもう読んでいなかった。私は少しだけ、さっきより近くに寄る。今度は、ちゃんとわかる距離で、きゅっと腕を掴む。七海は何も言わなかったけれど、離れもしなかった。
そのまま私は、もう一度だけ顔を上げる。今度はちゃんと、ほんの少しだけ、ゆっくりと七海の唇に自分の唇を重ねた。一瞬迷ったように、七海の呼吸が止まる。それからごく控えめに、同じくらい軽く唇が返ってきた。深くもないし、長くもない、ただそこにいることを確認するみたいな触れ合い。でも私はそれだけじゃ物足りなくて、さらに唇を押し付けた。応えるように、七海から唇を食まれる。
しばらくして離れたあと、七海は少しだけ視線を逸らして言った。
「……こういうことは、事前に合意を取るべきだと思います」
「今、取りました」
「……そうですね」
ほんの、ほんの少しだけ、七海の耳が赤かった。私はまた、さっきと同じ位置に寄りかかる。七海も、今度は何も言わなかった。新聞は閉じられたまま、テレビの音だけが、部屋に流れていた。たぶんこれが、この人なりの最大限のリラックスの仕方なのだろう。そう思うと、胸の奥が少しだけあたたかくなった。