3.眠るあなたのとなりで

 テレビの音はいつの間にか、部屋の空気に溶け込むような大きさになっていた。肩に預けられていた重みが、ゆっくりと均等になっているのに気付いた。七海は新聞から視線を外し、そっと隣を見る。

 ――眠っている。

 規則正しい呼吸をしなから、力の抜けた表情をしていた。さっきまで言葉を交わしていたのが嘘みたいに、静かになっている。七海は、小さく息を吐いた。

「……無理をしないようにと言ったばかりなのに」

 新聞を静かに畳み、テーブルの端に置く。このままソファで寝かせるのは体にも悪いし、何より忍びない。結論は、すぐに出た。
 できるだけ音を立てないように身をかがめ、彼女の体の下に腕を差し入れる。

 ――軽い。

 思ったよりもずっと、華奢な感覚がした。これまで彼女に触れた回数は、そう多くはない。彼女も呪術師の端くれとして活躍する身だ。鍛えている体ならそれなりの重さがあるはずだが、それにしてもやわらかさの方が先に腕に伝わってくる。

「……本当に、無茶をする」

 小さくそう言って、抱き上げる。寝室へ運び、ベッドにそっと下ろし、布団をかける。それでも、彼女は目を覚まさなかった。七海はそのまま、しばらくベッドの脇に立っていた。
 無防備な寝顔だ。呼吸のリズムも一定で、完全に安心しきっている。よほど信頼されているのかと、つい苦笑が出てしまう。頬にかかる髪と、わずかに開いた唇がやけに目についた。
 ――一瞬だけ、ベッドの端に腰を下ろす。
 指を伸ばせば、簡単に触れられる距離だ。
彼女の了承なしに触れるつもりはなかった。少なくとも、最初はそう思っていた。

「……」

 視線が、どうしても唇に落ちる。次の瞬間、七海は自分でも驚くほど自然に身をかがめていた。唇に、軽く触れる。ほんの一瞬、確かめるような浅いキスをして、すぐに離れた。

「……」

 七海は、目を伏せた。そして、小さく息を吐く。今度はそっと、頬に触れる。さっきよりも少しだけ長く触れて、頬のやわらかさを確かめる。

「……困った人だ」

 声は、ひどく静かに部屋に響いた。布団の上から彼女を撫でる。しばらくしてから布団を整え、寝室の灯りを落とした。

「……おやすみなさい」

 それから、ドアを閉める。浴室で短くシャワーを浴び、部屋着に着替えてリビングに戻る。ソファに腰を下ろし、天井を見上げた。

「……」

 さっきの感触が、まだ残っている。欲に負けてつい寝込みを襲ってしまったが、これくらいはいいだろうと思ってしまう。もちろん嫌がることはしないが、自分だって男だ。先ほどの彼女からのキスといい、あまり信頼されすぎるのも考えものだ。煽るだけ煽っておいて、お預けを食らっているこちらの身にもなってほしいものだと七海は思う。が、しかし。

「……今日は、ここで十分」

 ソファーで簡易的なベッドを作ると、そこに七海は体を預ける。少し寝づらいが、問題はない。彼女がちゃんと休めているのなら、それで構わないのだ。
 電気を消して、目を瞑る。唇に残る余韻を感じながら、七海はだんだんと眠りに落ちていった。

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