3if-1.夢主が眠らなかった場合

ソファに並んで座ったまま、テレビの音だけが部屋を満たしていた。
七海はもう新聞を閉じて、テーブルの上に置いている。
けれど、立ち上がるわけでもなく、ただそこにいた。
私はその肩に軽くもたれたまま、画面を見ているふりをしていた。

「……眠くありませんか」

低い声で問われる。

「今日は、あんまり」

それだけのやり取りで、空気が少しだけ変わるのがわかる。
七海は小さく息を吐いて、こちらを見た。

「……そうですか」

距離は、最初から近かった。
でも今は――意識して、詰められている距離だった。
視線が、合う。
ほんの一瞬、どちらも動かない。

……先に動いたのは、私だった。

ほんの少しだけ、身を寄せる。
七海は、拒まない。
代わりにゆっくりと、こちらに顔を寄せてくる。
唇が、静かに触れる。
短く、軽いキス。
確かめるだけの、挨拶みたいな触れ方。
すぐに離れる……はずだった。
でも――離れなかったのは、私の方だった。
もう一度、軽く。
今度は少しだけ、角度を変えて。
私の方からそっと、唇に触れる。
七海は一瞬目を伏せてから、低く息を吐いた。

「……」

言葉はない。
でも今度は――七海の方から、もう一度。
さっきより、ほんの少しだけ長い。
深くはしない。
ただ、ちゃんと返してきているのがわかる時間。
それなのに、胸の奥が、まだ足りないみたいにざわつく。
私は気づいたら、七海の服の裾を掴んでいた。

……離したくなかった。

そのまま少しだけ、体を寄せる。
七海の胸に、額が軽く触れるくらいの距離。
顔を上げて、そのままもう一度、キスをする。
今度は、私の方からはっきりと。

「……もう一回、いいですか」

自分で言ってから、少しだけ鼓動が早くなる。
七海は私を見下ろして、ほんの一瞬ためらうような顔をした。
それから、低く息を吐く。

「……今日は、随分と……」

言い切らないまま、視線が外れない。
次の瞬間、七海の方からキスが落ちてくる。
さっきよりも、明らかに長い。
深くはしないのに、もう「挨拶」なんて言えないくらい、はっきりしたキスだった。
背中に回された腕に、さっきより少しだけ力がこもる。
引き寄せられて、距離がほとんどなくなる。
私はそのまま、逃げずに応えてしまう。
離れて、また触れて。
短いキスが、いくつも静かに重なる。
今度は、私だけじゃない。
七海の方も、はっきり返してきているのがわかる。
呼吸が、少し近い。
私は調子に乗ったまま、七海の胸元に手を伸ばして、もう一度キスをねだるみたいに顔を寄せた。

「……七海さん……」

声が少しだけ、甘くなっているのが自分でもわかる。
七海は一瞬だけ、動きを止める。
それから――また、キス。
さっきより、ほんの少しだけ強く。
抱き寄せる腕も、はっきりしている。
短いキスが、いくつも重なる。
頭が少しだけ、ぼうっとする。

……このままでもいいんじゃないか、なんて、そんな考えがよぎったそのとき。

「……」

七海は突然、私の額に自分の額を軽く当てて、動きを止めた。
距離は、近いまま。
呼吸も、近いまま。
でも、それ以上来ない。
低く、少し苦しそうな息。
しばらく、言葉が出ないみたいに、沈黙が落ちる。
それから低い声で、噛みしめるように言った。

「……今日は」

視線を逸らさずに。

「……このまま、休みましょう」

その意味を、私はちゃんと理解してしまって、胸の奥がじんわり熱くなる。
それでも、頷く。

「……はい」

七海は立ち上がって、私に手を差し出す。
さっきより少しだけ、強い仕草。
その手を取ると指先に、きゅっと力がこもった。
私たちは、言葉を交わさないまま、寝室へ向かう。
部屋の灯りが、静かに落ちる。
寝室のドアが閉じられた音だけが、あたりに小さく響いた。

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