4if.離れがたい朝

目が覚めたとき、部屋はもう朝の色をしていた。
カーテンの隙間から差し込む光は、やわらかく音もなく、夜の名残を少しずつ溶かしていく。
その光の中で、私は――まだ、眠りの続きを見ているみたいな気持ちで、隣にいる七海の気配を確かめた。
当たり前のように、すぐそこに彼がいる。
胸の奥に、じんわりと熱が広がる。
起きているときよりも、少しだけ無防備な寝顔。
きちんと整えられているはずの輪郭が、朝の光のせいかどこか柔らかく見える。
見ているだけでいいはずなのに。

……触れずにいられない。

私は、そっと身を寄せて、その腕に抱きついた。
ぎゅ、と控えめに。
でも、離す気はない抱き方で。
あたたかい。
それだけで、心まで緩んでしまう。
しばらくして、七海が小さく息を吐いて、目を開けた。
一瞬、状況を確かめるみたいに瞬きをしてから、私を見る。

「……おはようございます」

低くて、まだ少し眠りを引きずった声。

「おはようございます」

そう答えながら、私は腕をほどかなかった。
むしろ、ほんの少し力を込める。

「……近いですね」
「……だめですか」
「……いえ」

即答しないのが、少しだけ可笑しくて、少しだけ愛おしい。
七海は小さく咳払いをしてから、私の背中にそっと手を回した。
抱き返す、というほど強くはない。
でも、それは――離すつもりのない手だった。

「……よく、眠れましたか」
「はい。すごく」

そう言って私は、そのまま胸に顔を埋める。
心臓の音がすぐ近くで、規則正しく鳴っている。

「……もう少し、このままがいいです」
「……朝ですが」
「わかってます」

それでも、離れない。
七海は少し困ったように、でもどこか諦めたみたいに息を吐いた。

「……あなたは、本当に……」

言い切らないまま、私の頭を軽く撫でる。
その手つきがあんまり優しいから、私はますます離れられなくなる。

「……七海さん、あったかいです」
「……体温は、平均的だと思いますが」
「私にとっては、ちょうどいいです」

その言葉に七海は、ほんの一瞬、動きを止めた。
それから、低く短く。

「……そうですか」

腕に、少しだけ力がこもる。
私は顔を上げて、そのまま見上げる。
朝の光の中で、距離がひどく近い。
言葉が、いらない距離。
どちらからともなく、少しだけ顔が寄る。
軽いキス。
確かめるみたいな、短いもの。
それで終わるはずだったのに、私はもう一度、腕に力を込めてしまう。

「……もう一回」

小さく言うと、七海はわずかに眉を寄せた。

「……朝から、ずいぶんと……」

そう言いながらも、今度は七海の方から、軽くキスを返してくる。
短くて、でも、ちゃんと応える意思のあるキス。

「……満足しましたか」
「……もう一回」
「……」

七海は、しばらく私を見つめてから、小さく息を吐いた。

「……ほどほどにしてください」

そう言って、でも今度は額にそっとキスを落とす。

「……これで、終わりです」
「……名残惜しいです」

一瞬、言ってしまった、という顔。
でも七海は、ほんの少しだけ目を伏せてから。

「……私もです」

ぽつりと落ちたその言葉が、胸の奥で静かに広がる。

「……ですが、そろそろ、起きましょう」
「……はーい」

そう返しながら、私はまだ少しだけ、腕を離さない。

「……あと十秒」
「……十秒だけですよ」

きっちりした口調なのに、ちゃんと待ってくれるのが、ずるい。
十秒たってようやく離れると、七海は名残惜しそうにもう一度だけ、私の頭を撫でた。

「……行きましょうか」
「……はい」

並んでベッドを出る。
昨夜より、ずっと健全で、ずっと静かな距離なのに、それでも確かに近い。
朝の光の中で私たちは、少しだけ笑い合って次の時間へ向かう。
胸の奥にまだ、ぬくもりを残したまま。

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