2.知らない世界
まだ釘崎野薔薇が高専に来ていなかった頃。
透子は一人、中庭で昼食を取ろうとしていた。
「時雨、ひとり?」
持参したお弁当箱を広げようとしたところに、虎杖の声がかかる。
「一緒にメシ食うやついなくてさ」
伏黒はどこかに行っちゃったし、と虎杖は当然のように隣に腰を下ろす。
買い物袋からパンと牛乳を取り出し、ぱくぱくと食べ始めた。
透子はしばらく、虎杖をぼんやり眺める。
こんなふうにクラスメイトと昼食をとるのは、かなり久しぶりのことだった。
虎杖は透子の心など知らず、天気の話などをしながらパンをかじる。
その日は気候もよく、のんびりとした昼下がりだった。
「弁当、時雨が作ったの?」
黙々と食べている透子に、虎杖が大きな目で覗き込む。
「そうだけど……」
「すげぇな!」
淡々とした返事しかできない透子に、虎杖はオーバーリアクション気味に褒める。
――自分とは正反対だ、と透子は思った。
しかし居心地は悪くない。
不思議と胸の中が温かくなる。
「なぁなぁ、時雨って卵焼き、甘い派? しょっぱい派?」
卵焼きを口に入れようとした瞬間の質問に、透子は半分噛みながら答える。
「しょっぱい派」
「だよな! 俺も俺も」
「甘い卵焼きは、おかずじゃない」
「わかるわ〜」
甘いもんは甘いもんとして食いたいよな、と虎杖はうんうん頷く。
「虎杖も卵焼き作ったりするの?」
「おう。家で料理は俺の担当だったし」
「……そうなんだ」
見かけによらない一面に、透子は少し驚いた。
虎杖といると、これまで人に対して抱いていた悪いイメージが、すっと消えていくようだった。
「よかったら、時雨の卵焼き食わせてくれよ」
きらきらした瞳でそう言われ、透子は断る気になれなかった。
一切れ差し出すと、虎杖は躊躇なく口に運ぶ。
「ん! ふわふわだな」
「……隠し味にマヨネーズ入れてるの。そうすると、ふわふわになる」
「へー、知らなかった」
「めちゃくちゃうまい」と心の底から感心した様子で褒められ、透子は思わず頬をなでる。
熱くなった頬に気づきながらも、心地よく、温かい気持ちが広がった。
「作り方、教えてくれよ」
「……レシピ、書いてあげる」
「あんがと!」
終始、純粋な好意を向けられて、透子は久しぶりに深く息を吸った。
――人のそばにいて、こんなに心地よく感じるなんて。
透子は少しだけ笑みを浮かべて、虎杖を見つめた。