15-2.寂しさの温度(後編)

透子が顔を上げたとき、距離の近さに初めて気づいた。
虎杖の呼吸が、わずかに頬に触れている。
離れなければいけない理由はないのに、心臓だけが急に落ち着かなくなる。

虎杖も同じだったらしい。
何か言いかけて、やめる。
視線が揺れて、それでも逸らさない。

「……時雨」

低く呼ばれる。
それだけで胸の奥が震えた。

「今、近いって思った?」

透子は少しだけ笑った。

「……思った」

正直に答えると、虎杖が困ったように息を吐く。

「俺も」

沈黙が落ちる。
逃げ道は、どちらにも残されている。
けれど、どちらも動かなかった。
虎杖の手が、ゆっくり透子の頬に触れる。
確認するみたいに、指先だけ。

「……嫌だったら、言って」

その言葉があまりにも虎杖らしくて、透子は小さく首を振った。

「嫌じゃない」

むしろ――。
言葉にする前に、唇が触れた。
最初は、本当に軽く。
触れたかどうかもわからないほど短いキス。
離れる。
息が重なる。
透子の指が無意識に虎杖の袖を掴んだ。
その小さな動きに、虎杖の呼吸が乱れる。

「……もう一回、いい?」

ほとんど囁きだった。
透子は答えず、少しだけ顔を近づける。
それが返事になった。

二度目のキスは、さっきより長かった。
唇が重なったまま、互いに動けなくなる。
触れているだけなのに、体温がじわじわと伝わってくる。
離れたと思った瞬間、虎杖がまた近づく。
今度は迷いがない。
短く触れて、離れて、また触れる。
確かめるみたいに、何度も。
透子は思った。

――止まらない。

けれど怖くない。
むしろ、胸の奥の空白が少しずつ埋まっていく感覚だった。
虎杖の額が、透子の額に触れる。

「……やばい」

小さく笑う声。

「止まんなくなりそう」

困ったように言うのに、手は離れない。
透子も同じだった。
自分から少しだけ近づく。
また唇が、自然に重なった。
さっきより深く、長く。
呼吸が混ざり、どちらからともなく笑ってしまう。
こんなふうに笑いながらキスをするなんて、想像もしていなかった。

「……安心する」

透子が呟く。
虎杖が目を細める。

「俺も」

その返事のあと、もう一度だけ唇が重なった。
今度は急がない。
終わらせるためじゃなく、残しておくためのキスだった。
離れたあとも距離は変わらない。
互いの呼吸を感じながら、しばらく動けない。

部屋の静けさの中で、透子は初めて思った。
寂しさが消えたわけじゃない。
けれど。
この人の隣なら、怖さごと抱えたままでも、ちゃんといられる。

虎杖の指が、そっと手を包む。
その温度を確かめるように、透子は指を絡めた。
もう、どちらも離れようとはしなかった。