11-2.夜の匂いA

※リョウ視点

夜中に目が覚めたのは、喉の渇きのせいだった。
それとも、慣れない場所で眠っているせいかもしれない。

しばらくベッドの中で天井を見つめてから、そっと体を起こす。
五条の家。
五条のベッド。
そこに「泊まっている」という事実が、今さらになって実感として押し寄せてくる。

静かにドアを開けて、廊下へ出る。
リビングの方には、カーテン越しの街灯の光が薄く落ちていた。
ソファに、五条がいる。
横になって、無防備に眠っている姿。
昼間の余裕も圧もない、ただ静かな寝顔。

――……起こさない方が、いいよね。

そう思ったのに、視線が離れなくて。
キッチンへ向かう途中で、足が止まる。

……少しだけ。

少しだけ、見てから行こう。
そう思って、静かに近づく。
近くで見ると、呼吸の音がはっきりわかる。
胸が、ゆっくり上下している。
まつ毛の影が、頬に落ちている。

――本当に、寝てる。

その事実に、なぜか少しだけ気が抜けてしまった、その瞬間。

「……リョウ?」

掠れた声。
心臓が跳ねる。

「……あ」

目は開いているけれど、焦点はまだぼんやりしている。

「……起こしちゃいましたか……?」

そう言い終わる前に、手首を掴まれた。

「……リョウ……」

次の瞬間、引き寄せられて、バランスを崩す。
気づいたときには、五条の胸にぶつかる形になっていた。

「……っ」

腕が回る。
思ったより、ずっとしっかり。

「……五条さん……?」

呼んでも、返事は曖昧な息だけ。
額が、頬にすり、と触れる。

「……あったかい」

そう呟いて、離れない。

――寝ぼけてるの……?

そう思った、その瞬間。
唇に、触れた。
ほんの、かすめるみたいに。

「……っ」

驚いて息を吸った、その隙に、もう一度唇を重ねられる。
今度は、少し長く。
離れたと思ったら、またすぐ。
今度は、頬に。それから、こめかみに。額に。
まるで、確かめるみたいに。

「……は……」

また、唇を塞がれる。
今度は、さっきよりも、深く。
一度離れて、でもすぐ、また。
今度は角度を変えて、もう一度。
息が、追いつかない。

「……ちょ……五条さん……」

そう言っても、聞いていないみたいに、また。
短く、でも間を空けずに。
触れて、離れて、また触れて。

「……ん……」

小さく呟いて、また、唇を重ねられる。
今度は、名残惜しそうに。
離れたと思ったら、額を寄せられた。

「……気持ちいい……」

そう言って、もう一度。
今度は、さっきよりも、少し長く。
離れても、すぐにまた。
まるで、今まで我慢していた分を、ひとつずつ取り戻すみたいな行為。
リョウの頭は、もう完全に追いついていなかった。
何が起きているのか理解する前に、また次のキスが落ちてくる。
逃げようとしても、背中に回された腕がそれを許さない。
でも、その腕は、苦しいほど強いのに、不思議と怖くない。
むしろ、胸の奥が、じんわり熱い。

やっと少しだけ間が空いたとき、五条の目はもうはっきり覚めていた。
それでも、腕は緩まない。
近すぎる距離で、視線が絡む。
呼吸が、重なる。
五条は低く息を吐いて、額を寄せた。

「……夢かと思ったけど」

小さく、苦笑する。

「何か……止まらなくてさ」

そう言って、もう一度、今度はさっきよりずっとゆっくりと、唇に触れる。
リョウの存在を確かめるみたいに。
離れるのが惜しいみたいに。
数秒。
でも、体感ではもっと長い。
離れたあとも、額が触れる距離のまま、五条は動かなかった。

「……」

何も言わずに、ただ、見つめる。
それから、ぎゅっと、もう一度だけ強く抱き寄せる。
額に、頬に、髪に、キスを落とす。

――離す気がない、みたいに。

それでも、唇にはもう触れなかった。
代わりに、リョウの額に自分の額を押し当てたまま、低く息を吐く。

「……」

また、五条は何も言わずにリョウを見つめてくる。
その沈黙の中で、リョウは、自分の心臓の音が、五条にも聞こえているんじゃないかと思った。
五条は、もう一度、ぎゅっと抱き寄せて、額に軽く口づける。

「……このまま、いい?」

声は低くて、さっきよりずっと真剣だった。
リョウは、少しだけ迷ってから、小さく頷く。
その仕草を見た瞬間、五条の目の色が変わる。

「……じゃあ」

そう言って、今度は抱き上げるみたいに体を引き寄せた。

「……部屋、行こ」

リョウの足が床から離れる。
そのまま、寝室の方へ運ばれていく視界の中で、リョウは、五条の首元に指先を掴んだ。