※リョウ視点
朝の光は、思っていたよりもあっさり部屋に入り込んできた。
カーテンの隙間から差し込む白い光が、リビングの床を細く切り取っている。
リョウは、うっすらと目を覚ました。
一瞬、どこにいるのかわからなくて、天井を見上げてから、ゆっくりと思い出す。
――……あ。
五条の家。
昨夜のこと。
夜の空気。
近すぎた距離の感触。
心臓が、少し遅れて音を立てる。
体を起こすと、隣はもう空いていた。
ベッドのシーツは、少しだけ乱れている。
静かにドアを開けて、廊下に出ると、キッチンの方から微かな音がした。
フライパンの音。
湯気の気配。
……まさか。
リビングを覗くと、五条がキッチンに立っていた。
エプロンはしていない。
シャツの袖を適当にまくって、コーヒーを淹れながら、片手でフライパンを扱っている。
「おはよ」
振り返らずに言う。
「……おはようございます」
声が、少しだけ掠れた。
五条はちらっとこちらを見て、ほんの一瞬だけ目を細める。
「ちゃんと寝れた?」
「……はい。五条さんは……?」
「んー、まあまあ」
その言い方が、どこか含みを持っていて、リョウは視線を落とす。
昨夜のことを、お互いにちゃんと覚えている。そんな沈黙だった。
「コーヒーでいい?」
「あ、はい……」
テーブルに座ると、すぐにマグカップが置かれる。
それから、簡単な朝食。
派手じゃないけど、ちゃんと身体を使う人の食事という感じの内容だった。
「五条さんって……自炊、するんですね」
「まあね。食べるもん適当だと、パフォーマンス落ちるし」
あっさり言うけど、その当たり前の基準が高い。
向かいに座って食べながら、何度か視線がぶつかって、そのたびに、どちらからともなく逸らす。
気まずいわけじゃない。
ただ、まだ距離の測り方が、昨日までと同じじゃないだけ。
「……顔、赤くない?」
「……気のせいです」
「へー」
楽しそうに言う。
「まあ、そういうことにしとこっか」
それ以上は何も言わない。
でも、視線は一度だけ、確かめるみたいにリョウの方へ落ちる。
食事は、静かに進んだ。
言葉がいらない沈黙。
カップを持つ指先が触れそうになるたびに、リョウは少しだけ意識してしまう。
「……あの」
リョウが先に口を開いた。
「昨日は……ありがとうございました。色々……」
「うん」
軽く返事をしてから、五条は少しだけ間を置く。
「無理はさせてない?」
「……してません」
そう答えると、五条は満足そうに小さく笑った。
「なら、いい」
それだけ。
「今日は、予定は?」
「……私は、高専で事後処理の続きです」
「そっか。じゃあ、一緒に行く?」
その言い方は、あまりにも自然だった。
「……はい」
食べ終わって、片付けをして、身支度を整える。
出かける準備が整った頃には、もういつもの朝の空気が戻りかけていた。
玄関で靴を履きながら、リョウは一瞬、言葉に迷う。
「……あの」
「ん?」
五条は、ドアの横に寄りかかって、こちらを見ている。
「……これからも……よろしくお願いします」
少しだけ、照れた言い方。
五条は、一瞬だけ目を瞬いてから、ふっと笑った。
「うん」
そう言って、ドアを開ける。
外に出る直前、五条はふと立ち止まった。
それから、何でもないみたいにリョウの手首を掴んで、引き寄せる。
一瞬、距離が詰まって。
そのまま、唇をかすめるように。
リョウは、しばらく動けなかった。
五条は先に歩き出しながら、どこか楽しそうに、肩越しに振り返る。
「ほら、行くよ」
その背中は、いつも通りなのに。
昨日までとは、もう、同じじゃない。
朝の光の中で、リョウは小さく息を整えてから、追いかけた。