13-3.我慢し続けた男B

夜は、まだ終わっていなかった。
リビングのソファには、さっきまでの熱の名残みたいに、少しだけ乱れたクッション。
五条はそのままソファに深く腰を沈めて、背もたれに頭を預けていた。
呼吸は、もう落ち着いている。
その前で、リョウは静かに服を整えて、デスクの方へ向かっていた。

「……仕事、続きやるの?」

少し気怠げな声。
リョウは振り返って、小さく笑う。

「少しだけ。途中だったところ、どうしても気になるので」

デスクライトが灯る。
白い光の下で、リョウは端末を開き、また画面に目を落とす。

——ほんと、変わらない。

五条は、ソファに沈んだまま、その背中を眺めた。
ついさっきまで、あんなふうに乱れておいて。 散々、独占欲をぶつけたのに。
それでも彼女は、ちゃんと自分の場所に戻っていく。
キーボードの音。 紙をめくる音。 考えるときに、少しだけ寄る眉。

——……かっこいいな。

心から、そう思った。
五条は体勢を変えて、ソファの背に腕をかける。

「ねえ」
「はい?」
「……仕事してる君、結構好きなんだけど」

リョウは、目を丸くして。

「……今それ言います?」

呆れた声。でも、ほんの少しだけ、口元が緩む。
五条は小さく笑った。

「だってさ。さっきまで、あんなだったのに、もう通常運転なんだもん」

リョウはちらっと振り返る。

「五条さんが、勝手に暴れただけです」
「ひど」

そう言いながら、どこか満足そうだった。

——この人は、こういう人だ。

誰かのものになって、溶けて、依存して、世界を狭めるタイプじゃない。
ちゃんと自分の場所に立ったまま、隣にいる人間だ。

——だから、欲しかった。

五条は、静かに息を吐く。

「……さっきさ」
「はい?」
「嫉妬してたの、正直まだちょっと残ってる」

リョウの指が、一瞬止まる。

「でも」

五条は続ける。

「今はね。仕事してる君見てる方が、気分いい」

リョウは少しだけ驚いた顔で振り返って、それから小さく笑った。

「……変な人ですね」
「今さらでしょ」

しばらく、静かな時間。
夜の気配と、作業音と、さっきまでの余韻。
五条はソファに横になって、目を閉じる。

——取られない。
——奪われない。
——この人は、ここにいる。

しばらくして。

「……終わりました」

五条は目を開けて、片手を差し出す。

「おいで」

リョウは少しだけ迷ってから、ソファに戻る。
五条は何も言わずに引き寄せて、額に軽くキスを落とした。
さっきみたいに、欲に任せるキスじゃない。 確かめるだけの、短いキス。

「……おつかれ」

リョウは小さく笑って、そのまま身を預けた。
夜は、まだ続いている。
でも、もう、さっきまでの夜とは違っていた。