夜は、まだ終わっていなかった。
リビングのソファには、さっきまでの熱の名残みたいに、少しだけ乱れたクッション。
五条はそのままソファに深く腰を沈めて、背もたれに頭を預けていた。
呼吸は、もう落ち着いている。
その前で、リョウは静かに服を整えて、デスクの方へ向かっていた。
「……仕事、続きやるの?」
少し気怠げな声。
リョウは振り返って、小さく笑う。
「少しだけ。途中だったところ、どうしても気になるので」
デスクライトが灯る。
白い光の下で、リョウは端末を開き、また画面に目を落とす。
——ほんと、変わらない。
五条は、ソファに沈んだまま、その背中を眺めた。
ついさっきまで、あんなふうに乱れておいて。 散々、独占欲をぶつけたのに。
それでも彼女は、ちゃんと自分の場所に戻っていく。
キーボードの音。 紙をめくる音。 考えるときに、少しだけ寄る眉。
——……かっこいいな。
心から、そう思った。
五条は体勢を変えて、ソファの背に腕をかける。
「ねえ」
「はい?」
「……仕事してる君、結構好きなんだけど」
リョウは、目を丸くして。
「……今それ言います?」
呆れた声。でも、ほんの少しだけ、口元が緩む。
五条は小さく笑った。
「だってさ。さっきまで、あんなだったのに、もう通常運転なんだもん」
リョウはちらっと振り返る。
「五条さんが、勝手に暴れただけです」
「ひど」
そう言いながら、どこか満足そうだった。
——この人は、こういう人だ。
誰かのものになって、溶けて、依存して、世界を狭めるタイプじゃない。
ちゃんと自分の場所に立ったまま、隣にいる人間だ。
——だから、欲しかった。
五条は、静かに息を吐く。
「……さっきさ」
「はい?」
「嫉妬してたの、正直まだちょっと残ってる」
リョウの指が、一瞬止まる。
「でも」
五条は続ける。
「今はね。仕事してる君見てる方が、気分いい」
リョウは少しだけ驚いた顔で振り返って、それから小さく笑った。
「……変な人ですね」
「今さらでしょ」
しばらく、静かな時間。
夜の気配と、作業音と、さっきまでの余韻。
五条はソファに横になって、目を閉じる。
——取られない。
——奪われない。
——この人は、ここにいる。
しばらくして。
「……終わりました」
五条は目を開けて、片手を差し出す。
「おいで」
リョウは少しだけ迷ってから、ソファに戻る。
五条は何も言わずに引き寄せて、額に軽くキスを落とした。
さっきみたいに、欲に任せるキスじゃない。 確かめるだけの、短いキス。
「……おつかれ」
リョウは小さく笑って、そのまま身を預けた。
夜は、まだ続いている。
でも、もう、さっきまでの夜とは違っていた。