玄関のチャイムが鳴ったのは、五条がソファに転がってスマホを眺めているときだった。
「はーい」
気のない返事をしてドアを開けると、リョウが立っている。
一目でわかるくらい、疲れた顔だった。
「……ただいまです」
「おかえり。顔、死んでるね」
靴を脱ぐ動きも、いつもより少し遅い。
「今日はハードだったの?」
「……ちょっと……」
それだけで十分だった。
五条はドアを閉めながら、あっさり言う。
「じゃ、風呂」
「え?」
「見てわかるでしょ。今そのまま仕事しようとしたら、絶対効率悪いって」
リョウが少しだけためらう。
「でも……」
「一緒に入るから、さっさと来な」
当然みたいな顔で言う。
「……い、一緒……?」
「なに、今さら」
からかうでもなく、ただ事実みたいなトーン。
「どうせあとで入るでしょ。二度手間」
そう言って、さっさとバスルームの方へ行ってしまう。
リョウは少しだけ迷ってから、観念したみたいに鞄を置いた。
「……じゃあ、着替え……」
「そこ置いときな。サイズ合わなくても文句言わないで」
「……はい……」
先に五条が風呂場に入って、シャワーを出す音がする。
リョウも少し遅れて中へ入る。
湯気で視界が白くなる。
「……近いですね」
「風呂ってそういうもんでしょ」
五条は何でもない顔で言いながら、シャワーをリョウの肩に向ける。
「ほら。ちゃんと温まんな」
リョウの髪にお湯がかかって、少しずつ肩の力が抜けていくのがわかる。
「……気持ちいい……」
「でしょ」
五条は適当に言いながら、自分の髪を流して、それからリョウの方を見る。
湯気の向こう。
濡れた髪。
無防備な顔。
一瞬、視線が止まる。
「……どうかしました?」
「いや」
そう言いながら、自然に距離を詰める。
リョウの頬に手を伸ばして、親指で水滴を拭うみたいに触れる。
「……疲れてる顔」
そう言って、そのまま、軽くキスをする。
「……っ」
短く、すぐ離れる。
「ほら。これでちょっとは回復するでしょ」
「そういう理屈……」
リョウが言いかけたところで、もう一度。
今度は、さっきより少し長い。
湯気の中で、ゆっくり。
唇が離れても、距離は近いまま。
「……五条さん」
「なに」
「……ここ、お風呂……」
「知ってる」
即答して。
「でも、キスくらいはいいでしょ」
そう言って、もう一度、軽く。
それ以上はしない。
けど、十分に気が抜けるくらいの距離だ。
「ほら。のぼせるから、ちゃんと洗うよ」
そう言って、何事もなかったみたいに話を戻す。
風呂から出る頃には、リョウの顔色はだいぶマシになっていた。
リビングに戻ると、リョウはソファの端に座って、小さく息をつく。
「……生き返りました……」
「でしょ」
五条は適当に返しながら、隣に座る。
少し間があってから、リョウの方に寄る。
「……ん」
額を軽くぶつけるみたいにして、もう一度キス。
今度は、短く、ただの確認みたいなやつ。
「……ずるい……」
「なにが」
「……元気出る……」
その言い方に、五条は少しだけ笑う。
「じゃあ役目果たしたね」
そう言って、リョウの肩を軽く抱いて引き寄せる。
しばらくそのまま。
「……仕事、少しやってきます」
「ん。終わったら呼んで」
当たり前みたいな返事。
リョウは荷物から着替えを少し出して、クローゼットの端に置いてから、デスクに向かう。
キーボードの音が部屋に響く。
五条はソファに寝転んで、その背中を眺めながら、目を細めた。
さっきまでと同じ光景のはずなのに、
もう「帰る前提」の空気じゃない。
「……終わったら、寝よ」
「……はい」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
五条は目を閉じる。
きっと今夜も、特別なことは何もない。
ただ、同じ部屋にいて、同じ時間を過ごして、それがもう自然になりつつあるだけ。
それでいい、と、五条は思っていた。