14.彼女の居場所は

玄関のチャイムが鳴ったのは、五条がソファに転がってスマホを眺めているときだった。

「はーい」

気のない返事をしてドアを開けると、リョウが立っている。
一目でわかるくらい、疲れた顔だった。

「……ただいまです」
「おかえり。顔、死んでるね」

靴を脱ぐ動きも、いつもより少し遅い。

「今日はハードだったの?」
「……ちょっと……」

それだけで十分だった。
五条はドアを閉めながら、あっさり言う。

「じゃ、風呂」
「え?」
「見てわかるでしょ。今そのまま仕事しようとしたら、絶対効率悪いって」

リョウが少しだけためらう。

「でも……」
「一緒に入るから、さっさと来な」

当然みたいな顔で言う。

「……い、一緒……?」
「なに、今さら」

からかうでもなく、ただ事実みたいなトーン。

「どうせあとで入るでしょ。二度手間」

そう言って、さっさとバスルームの方へ行ってしまう。
リョウは少しだけ迷ってから、観念したみたいに鞄を置いた。

「……じゃあ、着替え……」
「そこ置いときな。サイズ合わなくても文句言わないで」
「……はい……」

先に五条が風呂場に入って、シャワーを出す音がする。
リョウも少し遅れて中へ入る。
湯気で視界が白くなる。

「……近いですね」
「風呂ってそういうもんでしょ」

五条は何でもない顔で言いながら、シャワーをリョウの肩に向ける。

「ほら。ちゃんと温まんな」

リョウの髪にお湯がかかって、少しずつ肩の力が抜けていくのがわかる。

「……気持ちいい……」
「でしょ」

五条は適当に言いながら、自分の髪を流して、それからリョウの方を見る。
湯気の向こう。
濡れた髪。
無防備な顔。
一瞬、視線が止まる。

「……どうかしました?」
「いや」

そう言いながら、自然に距離を詰める。
リョウの頬に手を伸ばして、親指で水滴を拭うみたいに触れる。

「……疲れてる顔」

そう言って、そのまま、軽くキスをする。

「……っ」

短く、すぐ離れる。

「ほら。これでちょっとは回復するでしょ」
「そういう理屈……」

リョウが言いかけたところで、もう一度。
今度は、さっきより少し長い。
湯気の中で、ゆっくり。
唇が離れても、距離は近いまま。

「……五条さん」
「なに」
「……ここ、お風呂……」
「知ってる」

即答して。

「でも、キスくらいはいいでしょ」

そう言って、もう一度、軽く。
それ以上はしない。
けど、十分に気が抜けるくらいの距離だ。

「ほら。のぼせるから、ちゃんと洗うよ」

そう言って、何事もなかったみたいに話を戻す。
風呂から出る頃には、リョウの顔色はだいぶマシになっていた。
リビングに戻ると、リョウはソファの端に座って、小さく息をつく。

「……生き返りました……」
「でしょ」

五条は適当に返しながら、隣に座る。
少し間があってから、リョウの方に寄る。

「……ん」

額を軽くぶつけるみたいにして、もう一度キス。
今度は、短く、ただの確認みたいなやつ。

「……ずるい……」
「なにが」
「……元気出る……」

その言い方に、五条は少しだけ笑う。

「じゃあ役目果たしたね」

そう言って、リョウの肩を軽く抱いて引き寄せる。
しばらくそのまま。

「……仕事、少しやってきます」
「ん。終わったら呼んで」

当たり前みたいな返事。
リョウは荷物から着替えを少し出して、クローゼットの端に置いてから、デスクに向かう。
キーボードの音が部屋に響く。
五条はソファに寝転んで、その背中を眺めながら、目を細めた。
さっきまでと同じ光景のはずなのに、
もう「帰る前提」の空気じゃない。

「……終わったら、寝よ」
「……はい」

短いやり取り。
それだけで十分だった。
五条は目を閉じる。
きっと今夜も、特別なことは何もない。
ただ、同じ部屋にいて、同じ時間を過ごして、それがもう自然になりつつあるだけ。
それでいい、と、五条は思っていた。