夜の空気はすっかり静まり返っている。
カーテンの隙間から差し込む街灯の淡い光が、乱れたシーツの上に細く伸びていた。
ついさっきまで互いの呼吸が重なっていた名残が、まだ部屋のどこかに残っているようだった。
完全に落ち着いたはずの身体の奥にだけ、ゆっくりとした熱がわずかに燻っている。
五条はベッドの上で仰向けになりながら、しばらくぼんやりと天井を眺めていた。
やがて視線を横へ滑らせて、隣にいるリョウの様子を静かに見つめた。
彼女はシーツを胸元まで引き寄せたまま、横向きに身体を預けている。
完全に眠っているわけではない。
だが、いまさら起き上がる気力もないといった顔で目を閉じている。
先ほどまで散々付き合わされたのだから、無理もない。
五条は思わず、小さく笑みを漏らした。
そのまま手を伸ばすと、指先は自然に彼女の髪に触れた。
柔らかく絡みつく感触を確かめるように、ゆっくりと梳いていく。
さらりと指を抜けていく髪の感触が、妙に心地いい。
意味もなく、何度も同じ動きを繰り返す。
リョウがかすかに息を吐き、少しだけ眉を寄せた。
「……まだ、触るんですか」
目を開けないまま、疲れた声がかすかにこぼれる。
五条はその声を聞きながら、髪を撫でる手を止めることなく、どこか気の抜けた声で返した。
「別に、触っちゃいけないって決まりないでしょ」
そう言いながら、頬にかかっていた髪をそっと耳にかける。
指先はそのまま頬の輪郭をなぞるように滑り、顎のラインから首筋へとゆっくり落ちていく。
特に、深い意味があるわけではない。
ただそこにある体温が妙に気持ちよくて、離したくないというだけの、ほとんど無意識に近い動きだった。
「今日はもう十分じゃないですか」
リョウはそう言いながらも、彼の腕を軽く掴んだままだ。
払いのける気配はまったく見せない。
その指の感触を感じながら、五条はほんの少しだけ目を細めた。
「ね」
しばらく沈黙が流れたあとで、五条はぽつりと声を落とした。
「……はい」
「君との子どもってさ」
そこまで言ったところで、ほんの一瞬だけ間が生まれる。
「絶対かわいいよね」
言葉が落ちた瞬間、リョウの目がぱちりと開いた。
さっきまで眠そうだった顔が一気に覚醒し、驚いたように五条の顔を見上げる。
「子ども……ですか?」
その声には、戸惑いが混ざっている。
五条はその反応を見ながら、まるで大したことを言ったつもりもないかのように肩をすくめた。
「いや、なんとなく思っただけ」
あくまで軽い調子で言う。
だが、指先はまだリョウの頬に触れたままで、髪を撫でたり、耳の後ろをなぞったりと落ち着かない動きを続けている。
「五条さんでも、子どものことなんて考えるんですね」
意外そうな声を聞いて、五条は小さく笑いながら少しだけ身を起こした。
彼女の顔を覗き込むように、距離を詰める。
互いの呼吸が混ざるほど近い位置で、視線が合う。
「だってさ」
低く言いながら、指先で彼女の頬を軽くなでる。
「僕と君の子どもだよ?」
「……」
「遺伝子的に強そうじゃない?」
リョウは一瞬言葉を失い、それから小さく苦笑した。
「そういう問題じゃないと思います」
その反応が面白くて、五条は笑いながら頬に軽く口づけた。
短いキスを落として離れるが、すぐにもう一度、今度は少しだけ長く唇に触れる。
「まあ、今すぐどうこうって話じゃないけど」
額を軽く寄せながら、囁くように続ける。
「でもさ」
指先がゆっくりと背中を撫でる。
「もし作るんなら、僕より、君に似てほしいかな」
リョウはその言葉を聞いたあと、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐きながら五条を見つめた。
「……五条さん」
「ん?」
「結構、本気だったりします?」
五条はほんの一瞬だけ考える仕草を見せ、それからあっさりと答えた。
「半分」
そして、いたずらっぽく笑う。
「でも君とのなら欲しいかもって言うのは、本当」
その言葉が終わる前に、リョウの手がふいに彼の頭を掴んだ。
ぐっと引き寄せられ、二人の距離が一瞬で消える。
今度はリョウの方から唇が重なった。
ゆっくりと、確かめるように、キスが長く続く。
五条は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに目を細めて小さく笑う。
「……やば」
低く呟く。
「またスイッチ入りそう」
「知りません」
そう言いながらも、リョウは離れようとしない。
五条は小さく肩をすくめながら、今度は自分の方からもう一度深く唇を重ねた。
さっきまで落ち着いていたはずの空気が、ゆっくりと、しかし確実にまた熱を帯びていく。
五条は彼女を腕の中へ引き寄せながら、半ば呆れたように、けれどどこか楽しそうに呟いた。
「……今日、ほんと長いな」
そのまま彼女の体温を抱き寄せるようにして、再び唇を重ねた。
夜はまだ終わりそうになかった。