18-1.初めての感情@

夜の空気はすっかり静まり返っている。

カーテンの隙間から差し込む街灯の淡い光が、乱れたシーツの上に細く伸びていた。

ついさっきまで互いの呼吸が重なっていた名残が、まだ部屋のどこかに残っているようだった。
完全に落ち着いたはずの身体の奥にだけ、ゆっくりとした熱がわずかに燻っている。

五条はベッドの上で仰向けになりながら、しばらくぼんやりと天井を眺めていた。
やがて視線を横へ滑らせて、隣にいるリョウの様子を静かに見つめた。

彼女はシーツを胸元まで引き寄せたまま、横向きに身体を預けている。

完全に眠っているわけではない。
だが、いまさら起き上がる気力もないといった顔で目を閉じている。

先ほどまで散々付き合わされたのだから、無理もない。
五条は思わず、小さく笑みを漏らした。

そのまま手を伸ばすと、指先は自然に彼女の髪に触れた。
柔らかく絡みつく感触を確かめるように、ゆっくりと梳いていく。

さらりと指を抜けていく髪の感触が、妙に心地いい。
意味もなく、何度も同じ動きを繰り返す。

リョウがかすかに息を吐き、少しだけ眉を寄せた。

「……まだ、触るんですか」

目を開けないまま、疲れた声がかすかにこぼれる。

五条はその声を聞きながら、髪を撫でる手を止めることなく、どこか気の抜けた声で返した。

「別に、触っちゃいけないって決まりないでしょ」

そう言いながら、頬にかかっていた髪をそっと耳にかける。

指先はそのまま頬の輪郭をなぞるように滑り、顎のラインから首筋へとゆっくり落ちていく。

特に、深い意味があるわけではない。
ただそこにある体温が妙に気持ちよくて、離したくないというだけの、ほとんど無意識に近い動きだった。

「今日はもう十分じゃないですか」

リョウはそう言いながらも、彼の腕を軽く掴んだままだ。
払いのける気配はまったく見せない。

その指の感触を感じながら、五条はほんの少しだけ目を細めた。

「ね」

しばらく沈黙が流れたあとで、五条はぽつりと声を落とした。

「……はい」
「君との子どもってさ」

そこまで言ったところで、ほんの一瞬だけ間が生まれる。

「絶対かわいいよね」

言葉が落ちた瞬間、リョウの目がぱちりと開いた。
さっきまで眠そうだった顔が一気に覚醒し、驚いたように五条の顔を見上げる。

「子ども……ですか?」

その声には、戸惑いが混ざっている。
五条はその反応を見ながら、まるで大したことを言ったつもりもないかのように肩をすくめた。

「いや、なんとなく思っただけ」

あくまで軽い調子で言う。

だが、指先はまだリョウの頬に触れたままで、髪を撫でたり、耳の後ろをなぞったりと落ち着かない動きを続けている。

「五条さんでも、子どものことなんて考えるんですね」

意外そうな声を聞いて、五条は小さく笑いながら少しだけ身を起こした。
彼女の顔を覗き込むように、距離を詰める。

互いの呼吸が混ざるほど近い位置で、視線が合う。

「だってさ」

低く言いながら、指先で彼女の頬を軽くなでる。

「僕と君の子どもだよ?」
「……」
「遺伝子的に強そうじゃない?」

リョウは一瞬言葉を失い、それから小さく苦笑した。

「そういう問題じゃないと思います」

その反応が面白くて、五条は笑いながら頬に軽く口づけた。
短いキスを落として離れるが、すぐにもう一度、今度は少しだけ長く唇に触れる。

「まあ、今すぐどうこうって話じゃないけど」

額を軽く寄せながら、囁くように続ける。

「でもさ」

指先がゆっくりと背中を撫でる。

「もし作るんなら、僕より、君に似てほしいかな」

リョウはその言葉を聞いたあと、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐きながら五条を見つめた。

「……五条さん」
「ん?」
「結構、本気だったりします?」

五条はほんの一瞬だけ考える仕草を見せ、それからあっさりと答えた。

「半分」

そして、いたずらっぽく笑う。

「でも君とのなら欲しいかもって言うのは、本当」

その言葉が終わる前に、リョウの手がふいに彼の頭を掴んだ。
ぐっと引き寄せられ、二人の距離が一瞬で消える。

今度はリョウの方から唇が重なった。
ゆっくりと、確かめるように、キスが長く続く。
五条は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに目を細めて小さく笑う。

「……やば」

低く呟く。

「またスイッチ入りそう」
「知りません」

そう言いながらも、リョウは離れようとしない。

五条は小さく肩をすくめながら、今度は自分の方からもう一度深く唇を重ねた。

さっきまで落ち着いていたはずの空気が、ゆっくりと、しかし確実にまた熱を帯びていく。

五条は彼女を腕の中へ引き寄せながら、半ば呆れたように、けれどどこか楽しそうに呟いた。

「……今日、ほんと長いな」

そのまま彼女の体温を抱き寄せるようにして、再び唇を重ねた。

夜はまだ終わりそうになかった。