※リョウ視点
任務を終えて部屋に戻った頃には、夜はすっかり深くなっていた。
シャワーを浴びたばかりの湿った空気がまだ残っていて、窓の外の静けさと混ざり合い、時間の感覚をゆるく曖昧にしている。
リョウはベッドの端に腰を下ろし、小さく息をついた。
疲れていないわけではない。
けれど、今日は珍しく心が張り詰めていなかった。
背後でマットレスが沈む。
振り返らなくてもわかる。
五条だった。
「はー……」
長く息を吐き、そのまま仰向けに倒れ込む。
腕を額に乗せ、天井を見つめる姿は、任務中の緊張感とはまるで別人だった。
「お疲れ様です、五条さん」
「んー……リョウもね」
力の抜けた声。
それきり会話は続かなかった。
沈黙が部屋に落ちる。
気まずさはない。
ただ、静かな時間だった。
こうして言葉を交わさずにいられるのは、いつからだろうと、リョウはぼんやり考える。
以前なら、何か話題を探していた気がする。
今は違った。
隣にいるという事実だけで、十分だった。
しばらくして、五条がぽつりと声を落とした。
「ねえ、リョウ」
「はい」
「起きてる?」
「起きてますよ」
小さな間。
彼は視線をこちらに向けないまま、天井を見続けていた。
迷っているように見えた。
五条が言葉を選ぶ姿は、あまり見たことがない。
そして、不意に。
「……昔さ」
独り言の延長みたいな声で言った。
「大切な友人がいたんだ」
リョウは何も返さなかった。
ただ、続きを待つ。
五条の声は穏やかだった。
感情を押しつけるような響きはなく、どこか遠い記憶をなぞるような調子だった。
「めちゃくちゃ強くてさ。頭も良くて、性格も最高なんだけど最悪で」
小さく笑う。
けれど、その笑いは長く続かない。
「一緒にいれば、何でもできる気がしてたんだよね」
指先がシーツを軽く掴むのが視界の端に映った。
「世界とか、変えられるんじゃないかって。本気で思ってた」
静かな声だった。
怒りも悲しみも表に出ない。
ただ、消えない何かがそこにあるとわかる。
「でもさ」
短く息を吐く。
「気づいたら、隣にいなくなってた」
それ以上は語られなかった。
名前も、理由も、結末も。
けれど十分だった。
その沈黙の重さだけで、どれほど大切な存在だったのかが伝わってくる。
慰める言葉が頭をよぎる。
けれど、どれも違う気がした。
だからリョウは何も言わず、少しだけ身体を横にずらした。
肩が、そっと触れる。
それだけの距離。
五条がわずかに視線を向けた気配がした。
「……聞いてしまって、大丈夫でしたか」
思わずそう尋ねると、彼は少し驚いたように目を細めた。
「なんでリョウが心配してんの」
「大事なお話のようでしたので」
数秒の沈黙のあと、ふっと笑う。
「……やっぱ優しいね」
「普通です」
「いや、普通じゃないよ」
伸びてきた手が、そっとリョウの手の甲に触れた。
握るでもなく、離れるでもなく、ただそこに置かれる。
確かめるような、静かな触れ方だった。
「こういう話、誰にもする気なかったんだけど」
「……そうなんですか」
「うん」
少しだけ間を置いてから。
「リョウには、いいかなって思った」
胸の奥が静かに揺れる。
特別だと強調されたわけでもないのに、その言葉は不思議な重みを持っていた。
外では夜がさらに深まっている。
過去は消えないし、取り戻すこともできない。
それでも。
今、こうして隣にいるのは自分なのだと、リョウは静かに理解した。
「……五条さん」
「ん?」
「眠れそうですか」
彼は少し考え、それから小さく頷いた。
「うん。たぶん」
指先が、ほんの少しだけ絡む。
「リョウがいるし」
照明を落とすと、部屋はやわらかな暗さに包まれた。
隣から聞こえる呼吸は、次第に穏やかになっていく。
この人の傷は、きっと消えない。
それでもいいのだと思った。
救えなくても、隣にいることはできる。
そう思いながら、リョウも静かに目を閉じた。
夜はなにも変わらず、優しく続いていた。