しばらくの間、部屋の中には何の音もなかった。
ついさっきまで荒れていた呼吸も、ゆっくりと落ち着いていく。
五条は瞬きをしながら、腕の中に収まっているリョウの体温をぼんやりと感じていた。
さっきまで散々振り回されたせいか、彼女は力が抜けたまま彼の胸に額を預けている。
抱きつくように回された腕だけが、かすかに動く。
呼吸のたびに伝わるその温度が妙に落ち着いて、五条は無意識に指先で彼女の髪を梳いた。
柔らかい髪が指に絡んで、するりと抜けていく。
「……まだ起きてる?」
そう問いかけると、リョウは顔を上げないまま小さく頷いた。
声は少し掠れているが、意識ははっきりしているらしい。
「さっきの、ちゃんと聞いてた?」
五条が何気ない調子でそう続けると、リョウはほんの少しだけ体を動かした。
彼の胸に頬を寄せたまま静かに答える。
「聞いてました」
その返事を聞いて、五条は小さく息を漏らした。
半分は勢いで口にした言葉だった。
しかし、こうして改めて思い返してみても、妙に違和感がないことに自分でも少し驚く。
これまでどんな相手に対しても、子どもを持つ未来など考えたことはなかった。
呪術師として生きる以上、そういう人生とは縁遠いものだと当たり前のように思っていた。
家だの血筋だのといった面倒な話に、自分が関わるつもりもなかった。
けれど腕の中でリョウが少しだけ動き、その体温が胸元に触れた瞬間、胸の奥にあったざらつきがふっと消える。
ああ、と五条は思った。
たぶん自分は、この人がいる未来を少しだけ想像してしまったのだ。
「ね」
五条はぽつりと声を落とす。
リョウがゆっくり顔を上げると、暗い部屋の中で視線が合う。
「ほんとにいいの?」
軽い調子で聞いたつもりだったが、言葉のあとに少しだけ沈黙が生まれた。
リョウはしばらく五条の顔を見つめ、それから小さく息を吐いて再び彼の胸に顔を戻す。
腕はそのまま背中に回され、抱き寄せるように力がこもった。
「……さっき言いましたよね」
「何を」
「私がいいって言うまで、やめないって」
その言葉に五条は一瞬黙り、それから思い出したように笑った。
確かにそんなことを言った気がする。
半分冗談のようでいて、あのときは本気だった。
リョウはそのまま少しだけ間を置き、胸元に顔を埋めたまま続ける。
「だから、責任とってくださいね」
責任、という言葉に五条は目を細めた。
自分に向かってそんな言葉を平然と口にする人間は、ほとんどいない。
だが、不思議と嫌な感じはしない。
それどころか、どこか面白くさえある。
五条は軽く肩をすくめながら、彼女の顎をそっと持ち上げた。
「いいよ」
顔を近づけると、視線がまた重なる。
「その代わり、ほんとにできたら僕めちゃくちゃ甘やかすけど」
リョウは少しきょとんとしてから、困ったように笑う。
「子どもをですか」
「一番は君」
五条が真顔でそう答えると、リョウの笑いが少しだけ大きくなった。
その表情を見ていると、また触れたくなって、五条は自然な動きで唇を重ねる。
さっきまでの激しさはもうないが、体温が混ざると妙に落ち着く。
リョウが息を吐きながら小さく呟く。
「……ほんと、元気ですね」
五条はその言葉に肩をすくめながら、彼女をもう一度腕の中に引き寄せた。
夜はまだ深く、部屋の中には静かな余韻だけが残っていた。