任務が終わって家に戻る途中、五条はふと思い出したように足を止めた。
少し先に、コンビニの灯りが見える。
夜の街は静かで、戦闘のあとに身体に残っていた熱も、歩いているうちにゆっくり冷めていくようだった。
「リョウ」
五条が声をかける。
「はい」
隣を歩いていたリョウが、理由も聞かずに顔を向けた。
「ちょっと寄ってもいい?」
五条が顎でコンビニを示す。
「いいですよ。私もコーヒー欲しかったので」
二人はそのまま店に入り、いつものように何となく商品を選ぶ。
五条は甘い缶コーヒーを二本取り、片方をそのままリョウに渡した。
「ありがとうございます」
外に出ると、夜の空気はさっきより少し冷たく感じた。
プルトップを開けてコーヒーを一口飲みながら、五条はゆっくり歩き出す。
リョウも隣に並ぶ。
しばらくは特に会話もなく、靴底がアスファルトを踏む音だけが静かに続いた。
任務のあとにこうして並んで歩く時間を、五条はわりと気に入っている。
戦闘の余韻がまだ身体に残っているのに、隣にリョウがいると、その緊張が少しずつ抜けていく気がする。
ふと、少し前の夜のことを思い出す。
ベッドの中で出た話。
子どもの話。
あのときは半分冗談みたいな流れだったのに、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、少し面白いと思った。
「この前さ」
「はい」
「子どもの話したじゃん」
リョウが少しだけ視線を向ける。
「しましたね」
「うん」
五条は少し笑った。
「あれ、わりと本気なんだけど」
リョウの歩幅がわずかに緩む。
夜風が通り抜ける。
少しだけ沈黙が続いたあと、五条は何でもない調子で続けた。
「子ども作るならさ」
「はい」
「結婚しよっか」
リョウの足が止まる。
数歩進んでから、五条も足を止めた。
「……それ、プロポーズですか」
「うん」
五条は肩をすくめる。
「順番それでいいのかって気もするけど、まあ結果同じだし」
軽い口調のまま言う。
けれど、内心では少しだけ様子を窺っている自分に気づいて、五条は小さく笑った。
リョウはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「五条さんらしいですね」
五条は笑う。
リョウは少しだけ考えて、それから答えた。
「いいですよ」
声は落ち着いていて、いつもとほとんど変わらない。
あまりにもあっさりした返事だった。
だが、これまでになく柔らかく笑うリョウの表情を見て、五条は一瞬だけ言葉を失う。
それから、ゆっくり口元を緩めた。
「そっか」
短くそう言って、五条はまた歩き出した。
ポケットに手を突っ込んだまま夜の道を進みながら、ぼんやりと考える。
結婚。
家族。
そういう言葉は、これまで自分の人生の中であまりいい意味では使われてこなかった。
五条家というものがある以上、それは仕方のないことでもある。
けれど、隣を歩くリョウを見ていると、その言葉の意味が少し違って見えてくる。
リョウの返事を聞いたあと、胸の奥に引っかかっていた何かが、ゆっくり静まっていくのを五条ははっきり感じていた。
「……よかった」
小さくそう呟いて、五条は歩き続ける。
しばらくしてから、何でもない顔でリョウの手を取った。
指を絡めるわけでもなく、ただ軽く握る。
リョウが少し驚いたようにこちらを見る。
「どうしたんですか」
「別に」
五条は前を向いたまま言った。
「夫婦になるんでしょ」
隣で、苦笑するような息が聞こえた。
それでも手は離されない。
やがて、リョウの指がそっと握り返してくる。
夜の街は静かで、街灯の下に二人の影が並んで伸びていた。
そのまま二人は、何も言わずに歩き続ける。
やがて家の前に着く。
五条は鍵を回してドアを開けた。
先に中へ入ると、リョウも当たり前のようにその後に続く。
電気をつけると、見慣れた部屋が静かに広がった。
ついさっきまで戦っていたことが嘘みたいに、いつも通りの空気だった。
靴を脱ぎながら、五条はふと思う。
家族というものが、急に現実味を帯びて、自分の世界の中に輪郭を持ち始めている気がした。
これまでそういうものは、自分にとってどこか遠い場所にあるものだった。
けれど。
リョウとこうして同じ家に帰ってきて、同じ部屋の空気を当たり前のように共有している。
それがこれからも続いていくのなら、まあ悪くない。
むしろ、少し楽しみかもしれない。
五条は小さく笑いながら、リビングへ歩いていった。
その後ろを、リョウが静かに追いかけてくる。
まるで最初から、そういう暮らしだったみたいに自然に。
五条は、自分が帰ってきた場所の意味を、ほんの少しだけ理解した気がした。