リビングのソファに腰を下ろしたまま、五条は背もたれにだらりと体を預けた。任務のあとの気怠さが、まだ神経の奥にじんわりと残っている。体そのものは軽いはずなのに、戦闘の余韻だけが、熱のように抜けきらない。
けれど隣にリョウがいるだけで、その残滓はゆっくりと輪郭を失っていき、代わりに、曖昧で穏やかな心地よさが広がっていく。
コンビニで買った缶コーヒーを傾けながら、五条はぼんやりと天井を見上げた。言葉にするほどのことでもない思考が、ゆるやかに浮かんでは消えていく。その中に、つい先ほど交わした会話の断片が混ざっていた。
「ね、リョウ」
何気ない調子で呼びかけると、キッチンでカップを用意していたリョウが振り返る。
「はい」
理由を問うでもなく、ただ応じる。その反応の軽さが、五条にとっては心地よかった。
「結婚するってさ、式とかどうすんの」
缶を軽く揺らしながら、思い出したように口にする。問いかけというより、思考の続きをそのまま言葉にしたような声音だった。
リョウは一瞬だけ視線を落とし、短く考える間を置いてから口を開く。
「普通に考えれば、挙げるべきではありますよね」
「普通ってなに」
間を置かずに返すと、リョウはわずかに苦笑を含んだ声で続けた。
「五条家のこともありますし」
その言葉に、五条は小さく息を吐くように笑う。
「あー……めちゃくちゃ面倒くさそう」
率直すぎる感想に、リョウも否定はせず、ただ「そういうものですよ」と静かに返すだけだった。
ソファに沈み込むように体勢を崩しながら、五条は続ける。
「よく知らない人に囲まれてさ、祝われて、適当なこと言われたりしてさ」
言いながら、ほんの少しだけ顔をしかめる。
「僕、ああいうの無理なんだよね」
その様子を見て、リョウは「でしょうね」と小さく笑った。五条は顔だけをリョウの方へ向ける。
「リョウはどうしたいの」
問いかける声は軽いままだったが、視線は逸らさない。
「私は……」
わずかな間が空く。
「最低限は、やった方がいいとは思います」
「最低限ってどこまで」
「形式として成立する程度です」
「曖昧すぎない?」
「五条さんが嫌がりそうなので」
即答だった。五条は一瞬だけ黙ってから、堪えきれないように笑う。
「何それ、僕のことちゃんとわかってんじゃん」
リョウは何も言わず、カップを持ってソファへ戻る。そのまま隣に腰を下ろす距離は、最初からそうであったかのように自然だった。
五条はその横顔を眺めながら、わずかに思考を巡らせる。それから、あくまで軽い調子を崩さないまま口を開いた。
「じゃあさ、二人だけでやればよくない?」
リョウがこちらを見る。
「二人だけ、ですか」
「うん。誰も呼ばないやつ」
「……それは、結婚式と言えるんでしょうか」
「言えるでしょ」
からっと言い切る。
「結婚するのは僕らなんだし」
リョウはしばらく考えるように沈黙し、それから静かに頷いた。
「……五条さんが、それでいいなら」
「いいよ」
即答だった。五条は満足そうに息を吐き、少しだけ身を乗り出す。
「どうせやるならさ、僕らがやりたいことやろうよ」
言いながら、手に持っていた缶をテーブルに置く。その動作の延長のように、自然にリョウの左手を取った。
逃げる様子はない。そのまま指先で重みを確かめるように触れ、ゆっくりと薬指へとなぞっていく。
「誓いとかさ」
独り言のように落とす声に合わせて、触れ方もわずかにゆっくりになる。
「キスとか」
指先を持ち上げ、薬指に口づける。ほんの一瞬の接触だったが、確かにそこに残るような感触だった。リョウの指が、わずかに震えた。
五条はその反応を見逃さず、ほんの少しだけ目を細める。
「ドレスだって、リョウが好きなの着たらいいじゃん」
何でもない調子で言いながらも、手は離さない。
「ドレスですか……。確かに、ちょっとした夢ではありますが」
控えめな言い方に、五条は笑う。
「僕は見たいよ?」
視線を外さずに続ける。
「綺麗に着飾ったリョウのドレス姿」
軽い響きの言葉だったが、そのまま受け流すにはわずかに重さがあった。リョウは一瞬だけ言葉を失い、わずかに眉を下げる。その様子に、五条は満足そうに小さく笑う。
指先を引いて、今度は掌ごと包み込むように手を握る。
「時間は有限。やりたくないことやってる暇なんて、僕にはないよ」
言葉に合わせるように、親指で手の甲をなぞる。その動きはさっきよりもゆっくりで、わずかに執着が混じっている。
「だからさ、形式とか難しいこと考えないで、リョウも好きにやりなよ」
自然に距離が縮まる。呼吸が近づく。視線が重なる。逸らさないまま、五条はほんの少しだけ顔を傾ける。
触れる寸前で止めて、わずかに笑う。
「結婚も、その延長でいいでしょ」
そのまま柔らかく唇を重ねる。角度を変えて深めていくと、リョウの体から力が抜けていくのが五条には感じ取れた。