6-1.二度と戻らないもの
平穏な日常は、脆くも崩れ去る。
何度も経験しているはずなのに、俺はまだ、分かっていなかったらしい。
それが起きたのは、数日後。
一年生全員に任された、英集少年院の任務の時だった。
呪胎が変態を遂げるタイプの場合、特級に相当する呪霊になる可能性がある。
だが、施設に入った瞬間、全員が悟った。
――これは、想定を軽く超えている。
生得領域が展開される。
釘崎が消える。
玉犬が破壊される。
そして、特級呪霊が出現し、俺たちを逃がすために、虎杖だけが施設の中に残った。
その後、宿儺に体を乗っ取られたままの虎杖と戦うことになったが、虎杖は、心臓を抜かれてもなお、俺たちの前に戻ってきてくれた。
――俺たちのことを守るために。
ひよりは、そのすべてを一緒に見ていた。
虎杖は、俺たちの目の前で倒れた。
完全に覚悟の上での行動だった。
虎杖も俺も、やるべきことを最優先にしてやった結果。
だけど、目の前で起こった現実に、心がうまく追いついてこない。
駆け寄って、顔を覗き込む。
……息をしていない。
「……」
頭の中が、真っ白になりかける。
俺は、何も言えなかった。
ひよりの方を見る。
「……」
ひよりは、その場に立ったまま、動いていなかった。
目は開いている。
でも、何も映っていないみたいな目をしている。
「……ひより」
呼んでも、反応がない。
肩に触れても、ぴくりともしない。
――この感じ。
胸の奥が、嫌な音を立てる。
……津美紀の時と、同じだ。
津美紀が呪われた時も、こうだった。
感情が、全部どこかに落ちてしまったみたいに、ただ、固まって。
「……くそ」
俺は、ひよりの前に立つように、一歩だけ位置をずらした。
これ以上、見せたくなかった。
これ以上、見せるべきじゃない。
その後のことは、あまりよく覚えていない。
回収。
引き上げ。
報告。
全部、ひよりは、ずっと黙ったままだった。
寮に戻ってからも、そうだった。
話しかければ、ちゃんと返事はする。
でも、声に感情がない。
夕飯も、ほとんど手をつけない。
「……無理するな」
「……うん」
風呂に入っても、やけに長い。
出てきても、ただ、ぼんやり座っている。
「……ひより」
「……なに?」
「……大丈夫か」
少しだけ間があって、ひよりは頷いた。
「……今日は、ちょっと疲れたから……もう休むね」
そう言って、部屋に戻っていく。
その背中を見ながら、はっきり分かる。
……全然、大丈夫じゃない。
分かっている。
だけどどうすればいいのかわからないまま、俺たちは夜を迎えた。
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