6-3.嵐の後で

朝の光で目が覚めた。
薄く差し込む白い光が天井に滲んでいる。

身体を動かそうとして、腕が重いことに気づいた。
視線を落とす。

ひよりが、俺のすぐ隣で眠っていた。
昨夜のまま、額を俺の腕に預け、服の裾を軽く掴んでいる。
指先に、かすかな力が残っている。
離れる気は、まるでないらしい。

規則正しい寝息が、近い。
こんな距離で眠られると、こっちの呼吸までおかしくなる。

しばらくそのまま、動けなかった。
起こさないように腕を抜こうとして、やめる。
少しでも動けば、目を覚ましそうだった。

仕方なく、ひよりの顔を見る。
無防備だった。
いつもより幼く見える寝顔に、頬へ髪がかかっている。

……邪魔だな。

そう思って、手を伸ばした。
指先でそっと髪を払う。
耳にかける。
それだけのつもりだったのに、指が離れなかった。

柔らかい感触が残る。
そのまま、無意識に頭を撫でる。
指が髪を梳く。
ひよりは起きない。
もう一度、ゆっくり撫でる。
寝息は変わらない。
ただ静かな朝の音だけが部屋にある。

……大丈夫そうだ。

それを確認しただけのはずなのに、なぜか手が離れない。

気づけば、顔が近づいていた。
ほんの少し身を寄せただけで、吐息が触れそうな距離になる。
目を閉じている。
何も知らない顔で、俺の腕に額を押しつけたまま。

「……」

喉が、ひどく乾いた。
そのまま、数秒止まる。
自分が何をしようとしているのか理解して、ようやく体が動いた。

慌てて顔を逸らし、一歩だけ距離を取る。
小さく息を吐く。

……馬鹿か。

起こしたくなくて、毛布を肩まで引き上げる。
今度はためらわず、軽く頭を撫でた。
短く、二度。
それだけで十分だった。

袖を掴んでいた指を、そっと外す。
ゆっくり立ち上がる。
机の上にメモを一枚置いた。

『先に行く』

それだけ書いて、ドアを開ける。

出る直前、振り返る。
ひよりはまだ眠っている。
昨夜と同じ顔で、何も知らず、安心しきった顔で。

……この顔を守れれば、それでいい。

それだけ思って、静かにドアを閉めた。

廊下に出ると、朝の空気が少し冷たい。
指先に、まださっき触れた髪の感触が残っていた。


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