2
今日から企画展示が始まる。少し早めに出勤して、来館者に説明するマニュアルに目を通し、じっくりと絵を眺めていると、
「今回は、どう?」
と館長夫人が品を感じさせる笑みを浮かべ、落ち着いた声音で声を掛けきた。
真っ直ぐに癖のなく伸びた白髪混じりの髪に、笑むと目尻に寄る皺。年齢は四十代前半くらいに見える。歳を聞いたことはない。容姿だけでなく落ち着いた品のある喋り方や雰囲気も、彼女の年齢を感じさせる。
俺が働いている|吉森美術館《よしのもりびじゅつかん》は一応市営の美術館である。現在館長である|吉野慎司《よしのしんじ》さんは、設立に立ち会い、そのまま館長を任された。夫人の|咲子《さきこ》さんも館の企画担当であったらしい。
古い、だけど品のあるレンガ張りの外壁と、それを少し囲む四季の花々、館に入ってみれば作品を際立たせるような白い壁と大理石の床。
平衡感覚を失うほどの一定空間。それを見て俺は、学生時代就活中ここを訪れたとき、ここにしようと決めたのだ。
「えぇ、今回も、相当見応えのある企画展だと思います」
「|藤村《ふじむら》くんは、モネが好きなの?」
咲子さんは、今俺が前にしていた絵画を見てそう言った。
クロード・モネの『レインスブルグ近郊のチューリップ畑と風車』である。俺は、絵を見るために外して手に持っていた眼鏡を掛け直し、咲子さんを見る。
「この前も見ていたでしょう?『かささぎ』」
「まぁ…はい」
「私もモネは好きよ。今回の展示も、あなたが好きそうだなぁと思ってたの」
「ええ…そうですね」
モネの色彩感覚と何とも言えないありふれた風景から感じる光。俺は、それがわりと好きだ。
「まだ開館まで時間はたくさんあるから、他の作品も是非、じっくり見てね」
「はい」
咲子さんは受付カウンターに戻って行った。仕事のためにも、確かに見ておく必要はありそうだ。
- 2 -
*前次#
ページ: