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取り敢えずは軽く全てを観てみたが、どれもいい絵だった。
モネの作品も何点かあった。
が、特に惹かれるというわけでもない。
元々、それほど好きかと言われれば、どれも等しく感動はする程度である。
確かに綺麗だ。印象派、モネの色彩は特にそれを感じる。
だが絵なんて、火にくべてしまえば結局灰になるのだ。
開館してから俺は、何人かの客に『レインスブルグ近郊のチューリップ畑と風車』や、『睡蓮』など、主にモネの解説をした。
「藤村さん、」
閉館の音楽が流れ始めた時だった。後輩の|山崎真梨《やまざきまり》が静かな駆け足で駆けてきた。俺の肩下にある視線を見下ろす。
山崎は背が低い。大きな目で俺を見上げる姿は、まるで小動物である。
そんな山崎の後ろに、長身で体格のいい、顔をにやつかせた男がいた。
「あの、|熊谷《くまがい》先生という方がお見えです…」
露骨に嫌な顔をしないように、山崎に視線を戻した。俺が礼を言うと山崎は、そそくさと下を向いて去ってしまった。
「よう、ずいぶん嬉しそうな顔してくれんじゃん」
どこがだ。
幼馴染である|熊谷孝信《くまがいたかのぶ》は軽く右手を翳すと、ニヤニヤしたまま歩み寄ってきた。
「何、」
「なんだよ、つれないな」
「まだ仕事中なんだけど」
「もう終るだろ」
仕事場にまで来やがって。
孝信はわざとらしく、俺の背後にあるカウンターの方へ微笑み、「どうも〜」と、従業員に挨拶をした。
孝信をわざと避けるように真横を通り、事務所へ入る。
孝信は|小山田《おやまだ》総合病院に勤務している。要するに医者だ。そのせいか市の公務員である俺よりも多忙に見える。少なくとも、市の規定に沿って5時に閉まる美術館よりも閉院時間は遅いはず。
では、どうして今ここにきているのか。
それは、ここに来ることが仕事であるからだ。
わざわざ時間をかけて帰宅準備をした。とは言っても着替えだって、上のジャケットくらいしか指定があまりない、つまりほとんど私服みたいな服装で仕事をしているから、時間がかからないのだが。
「お疲れさまです」
山崎が上がってきた。「お疲れさま」と返すと、ロッカーを開け、なにかを取り出してテーブルに置いた。
観光名所などのお土産に使われている箱に、一つ一つ小さな袋に包装されたクッキーだった。見た目的に手作りだろう。形や焼き色が一つ一つ違う。
「よかったら食べてください。昨日作ったんです」
山崎はたまにこうして手作りで菓子を作って事務所に差し入れする。趣味なのだそうだ。
「前回藤村さん、甘さ控えめな物が食べたいって行っていたので、甘さ控えめにしてみました」
そういえばそんなことを話したことがあるような気がする。
ちょうどいいや、ちょっとゆっくりしていこう。
「紅茶でいい?」
「え?あ、はい」
何故だか山崎はちょっと戸惑った様子。
茶漉しに茶葉を入れ、急須に湯を注ぐ。
山崎が着替えもせずに椅子に座っていたので、「紅茶はちょっとかかるから、着替えたら?」と促した。
「あ、そうですね。
…藤村さん、お急ぎじゃないんですか?」
なるほど、それで着替えなかったのか。
「あー、あいつ?いいよ。勝手に来ただけだし」
「…」
「まぁ絵でも見てるだろう」
そして山崎は勢いよく立ち上がり、更衣室に入った。
「急がなくていいよ?」
「いえいえ、紅茶冷めちゃいますから!」
相変わらず、忙しなく、可愛らしく後輩。
二人分の湯飲みを用意して椅子に腰かけた。
急いでに着替えたのか私服の、胸元のリボンが少し斜めになっている。
山崎が目の前の椅子に座ったので「リボン、曲がってるよ」と紅茶を入れてやりながら教えてやる。
嬉しそう紅茶を受け取ったかと思うと山崎は「えっ!あ、ホントだ!」と、慌てて直し始めた。
山崎がリボンを直したところで、クッキーを一袋貰った。
「いただきます」
「はい、どうぞ!」
一袋に三つほど入っていた。ウサギとクマと星型。ウサギの形のクッキーを食べる。
「あれ?」
ほんのりと紅茶の味がした。
「紅茶味のクッキーなんです…」
「ふっ…!」
思わず笑ってしまった。
「ちょっと言い出しにくかったんですけどねー…」
「うん、おいしいよ」
「よかったです」
山崎も自分で食べてみる。 満足したのか一回頷いた。
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