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「それは如何なもんかと流石に思うわ…」
「でも結局上がり込んでますよ土方兄さん」
冗談じゃないぞ、巻き込まれて結果無理矢理お呼ばれしたのだけどと朱鷺貴は溜め息を吐いた。
「つったって流石に坊さんから金をせしめようなんていくら俺でも考えが及ばねぇぞ」
と言うのは薬売りの猫背な男前。
「ですが刀をぶら下げているわけですし。物取りよりは健全かと思いますけど」
と言うのは背が無駄に高い若造。
「いやぁ誠に申し訳ない…。取り敢えず茶をどうぞ」
と薄い粗茶を入れるのは煎餅のような顔をした男。どうやら、事情を聞けばこのボロ道場の次期当主だという。
「はぁ…」
宿も確保したようだし、ひょんなことから道場破りの正体も発覚した。運気上々とも取れるだろうかと、朱鷺貴は薄い茶を眺めて成り行きに任せている。茶柱一つも立っていない。
ここへ来てからの始終繰り広げられる田舎者の議論と坊主の溜め息に、「はぁホンマになんやろか」と従者翡翠も面倒を押し隠さない。外面が良いのも打ち破られるほどに、最早この「|試衛館《しえいかん》」の面々は強烈だった。
|多摩《たま》の小さな貧乏おんぼろ道場にて、朱鷺貴と翡翠は足止めを食らっている。
「おい翡翠。お前は俺の武器だと言ったな従者よ」
「…いや、それは先程トキさんが否定をしたんで違いますねぇ」
「どうしたら良いんだこれは」
「最早彼らに任せるしかないん違いまっか。あんさんさっき柳生新陰流やて豪語しましたよね」
「いや、それは即最弱だとお前に切り捨てられてしまったので無効ですね。どうしたら良いか考えてくれホンマに」
「わてよりトキさんの方が威厳があるので勘弁してくださいまし」
お手上げ状態だった。
采配が誰に来るのかという最中、「このお坊さんが大抵のことは地獄に堕ちると言ってたよ、近藤さん」ついに朱鷺貴と道場主が爆心地に放り投げられた。
「いや、総司、あのな」
「だってこの人何かの免許皆伝なんでしょ?」
「いやいやいやいや皆伝してたら修行なんて暇なことなどしていなのだよ若者よ」
「暇はしてるんだ」
「いやいやいやいや暇じゃない、坊さんは大体忙しい」
「ちなみになんの免許なんだ?」
ここで食いついてくるか薬屋。お前はどちらかと言えば俺の従者に食いついてくれよと思いつつ「や、柳生新陰流だけど」と答える坊主に翡翠は笑いそうになった。
「胡散臭ぇのは成だけじゃねぇのな」
はっきりそう言ってくる薬屋土方にお前にだけは絶対に言われたくねぇよと思うのを「それあんさんが言うんですか」と耐えきれなかった翡翠に朱鷺貴は土渕をこっそりかましてしまった。
「あんたも一体どういう…なんなんだいそりゃぁ」
「効きますかそれは」
無邪気に翡翠の薬箱に食いつく若造に土方が睨んだのも見える。
「えっと…ともかく坊さんを騙して金を取るのも如何かと思うが今日は遅いし…と言いたいところだがそもそも我々も坊さんの説法に払う金がないわけで…」
「いや良いです近藤さん。俺の説法など価値がないのでただ解放して」
「じゃぁ尚更やっちゃえば良いじゃん。坊さんは一宿一飯のなんたらがあるらしいし覚えがあるなら良いでしょ。最近暇じゃんこの道場」
最近じゃなくても暇そうじゃないかこの道場は。心に読経する。
「う〜んどっちも一理あるんだよなぁ、トシ」
「えぇぇ、弱い者苛めなんて武士がすることじゃねぇよ」
「いや別に弱くもないんやけどね」
「そこでそう言うな従者よ」
「一本くらいええん違います?坊主の説法なんてただみたいなもんやろ」
「あ、なんかその言い方癪に触るな」
「喧嘩早いなトシぃ〜…」
これはもしや、坊主、チンピラにしばかれる、な状況になりそうではないか。自分の流されやすい性分がこんなところで発揮されようとは本格的に困ってきたぞと苦笑する思い。
「坊主じゃなくてお前ならバチは当たらねぇよなぁ、どうなんだ坊さん」
と若干イラつきが見える土方に「いや、普通に」ダメ、と援軍を送りたいところなのだが「剣術など覚えもありませんけれど」としれっと返してしまう翡翠は火に油のようだった。
「骨抜きの手管でよろしいでっしゃろか」
あああ…。
出会って早々からの翡翠の爆薬が完全についてしまったらしい。
「…取り敢えず稽古場でいいかお前ら」
確かに客間事情ではない。
もうなるようになれと朱鷺貴は黙っていることにした。
「坊さん、あんたも土俵に上がんな」
「え゛」
「当たり前だろあんたの付き人だぞ」
だが、火の粉は被る。
土方の目が恐ろしいまでに底冷えている。この男やはり一番曲者だった。いや、もうそれで言ったら全員厄介者だけど。
朱鷺貴と翡翠は道場の稽古場にまで連れていかれた。
最早朱鷺貴の頭には「くわばら」という言葉のみ浮かんでは、消える。
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