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あぁあ、道場とかホンマに懐かしいわ…と朱鷺貴はわりと逃げ腰体勢なのだが、連れてきた喧嘩っ早い土方が「しかし…」と、漸く我に返る。
そうだろう、そうだろう、こんな場所に坊主だなんてこの状況、気が触れているだろうおかしかろうと朱鷺貴は土方を眺めるのだが、「大将てのは後かな」とあらぬ方向に行ってしまった。
「…ちょっと待って本気でやるの!?これ」
「遊びでやったら|頭《どたま》割っちまうだろほれ、これ俺の木刀なんだけど」
木刀!?竹刀じゃないのと朱鷺貴が言う間もなく、土方から少々長めの木刀が手渡された。
柄頭に「義」。これはマジなやつなんじゃないの、自前?普通名前とかじゃないの「義」て何と朱鷺貴が唖然としていれば土方でなく近藤が答える、
「それトシの自前なんですよ」
と。
やっぱりね。これは武士の心得的なやつなんだろうかと思えば、「|諱《いみな》だ」と、坊主に所縁がありまくりの返答が持ち主から返ってくるので殊更おかしい。
ナニソレ、命掛けすぎじゃないのと、「ははぁ…」としか言えない。
「土方兄さんのはちょっと長いんじゃないですか」
「かと言って俺のは重いし」
「私のも癖がありますね。どうしますか、誰かに借りてきます?」
「あ、それならついでに薬屋、お前何使うんだ一体」
「はぁ?飛び道具とか、言うなれば短刀とかやけど」
「槍ならあるが」
「ムリムリムリけど相手なら有利」
「俺鉄扇《てっせん》持ってるけどそれはどうなんだ?」
「あー、わてもありますよ。スパッと切れるやつやけど」
「お前は鉄扇で決まりな、俺の。坊さんどうすべぇ」
「ちょっと待って何そのなんでも有り感」
「医者坊主にゃわからねぇとは言ったもんだねぇ。実際殺し合いになれば道具など関係ねぇだろ」
「俺坊主なんだけど!」
甚だ話が通じない。何故だ、同じ人間じゃないのかと朱鷺貴が一人頭を悩ませるが、「総司、取り敢えず永倉《ながくら》から木刀借りてこい」と土方が仕切る。
なんなのこいつら。マジでしばかれるかもしれない。
「いやホンマに待ってくれや俺は新陰流すらまともやないねんだって坊主やもん!」
「ははぁ、じゃぁ最初は俺が少し稽古をつける…で」
「なんでやる方向なのあんたら!おかしいやろ坊主をしばくやなんて!」
「しばく?」
「トキさん完璧にびびってますねぇ、関西弁やん」
「当たり前やろ全力で回避したいわ、もう弱くてもええねんだって坊主やもん!」
「一宿一飯のやつはいかに?」
「恩がないだろぉ!」
はぁはぁ言いながら拒否をする坊主に「まぁまぁ、」と従者は声を掛ける。
「稽古ならいいんやないですか?いざって時にホンマにトキさん抜けんかったらスパッ、やで、スパッ。今のまんまじゃ確かに錫杖にもなりまへんやろ」
「うぅう、お前本気で言ってる?」
「そりゃ遊びで「刀抜け」など坊主に言わんやろうて」
「…あーもーいーですぅ!はーいもうアホ!死ね!地獄に落ちてしまえよお前ら!」
それはいけないんじゃね?あの坊さんやっぱりおかしいよねと言う雰囲気が一気に漂う。
なんだかんだで場に馴染みすぎているのに気が付けないのはどうやら朱鷺貴のみのようだ。事なかれ、流され傍観主義は何気に発揮されてるじゃないかと少し翡翠の加虐心にも刺激を与えたようだった。
「まぁいざとなったら翡翠をお使いくださいまし主様」
「気持ち悪ぃんだよお前!こんなときばかりなんなんっ!」
「これも修行の一貫でありますよ法師殿」
にたにたしていやがる従者、必死な坊主の元に「呼んできましたよ〜」と、木刀を借りに行った沖田が仲間も連れて帰ってくる。
チビ、無愛想、無愛想、豪快。他の仲間はこれで事足りる。
その仲間たちは「なんですかこれ」と困惑を見せている。稽古場はいま真骨頂が隠され最高潮に混沌を極めていた。一体なんなんだ。まさしく、地獄絵図が如し。
「それではええと…トキさん?えっと失礼しましたお名前をお伺いしてもよろしいか?」
「…なんじょーときたかでーす」
不貞腐れている。
あの人何?やる気あんの?お経?と仲間がざわつく中「ははは」と笑い飛ばす次期道場主。
「天然理心流《てんねんりしんりゅう》試衛館四代目次期|宗家《そうけ》、近藤勇昌宜《こんどういさみまさよし》。いざ手合わせ願いたく候う」
人好きと言える笑みを浮かべ、木刀を握っては名乗る近藤。
まるで経文のような口上に朱鷺貴は苦笑をするしかなかった。
ただ、人はこうも威厳が変わるものかと、流され感心してしまう自分の性分に向けての苦笑も、ある。よもや腹を括る以外に手管はないようである。
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