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「…あんま、見んといてくださいな」
「あ、あぁ、すまん」
俯いた朱鷺貴には構わず紐を絞めた際に目に入った迷い蝶。思いが翡翠の手を止め、朱鷺貴に「どした?」と訪ねられては「いえ、」と言うも。
「ん?」
気付かれてしまって。
「これは島原に貰われたときの…」
ヤクザ者というよりはまだ、売りとして、いや、店主の趣味として入れられた墨で。
「はぁ、綺麗だなぁ」
「…わてはあまり」
「まぁ、そうなん…だろうな」
気まずそうにそっぽを向き、「やっぱ、痛ぇって言ってたもんな」と、朱鷺貴がまるで自分とは検討違いな見解を口にしつい、拍子抜けしてしまった。
「え、あ、まぁ、あい」
「痛いのは嫌だよな〜」
なんて軽く言うもんだから。
なんたる楽天坊主なんだと翡翠は笑ってしまった。
「は、え?」
「いいぇえ。あんさんは素直でんなぁ」
「えっ、なんで?」
「そゆとこ」
はぁ、そう。
初めて人にそう言われたわ、生まれてこの方。
「…お前はわりと偏屈だよな」
「あはは!まぁ言われます」
そうか。そうなのか。
そして目の前で何やら。
突然翡翠は足を出したかと思えば、小刀なんだかクナイというやつなのかそれらを仕込み、その他小刀やらも着替えに仕込み、
「さぁて、行きましょうかねぇ」
と言うが、最早手ぶらにしか見えない状態となった翡翠に朱鷺貴は、
「忍者?」
拍子抜けしてしまった。
「あいあい。では行きましょ」
「え、忍者なん?」
「姦しいなぁ」
笑顔ながら、確かに煩わしそうだ。感じ取った朱鷺貴は「あぁ、そうだね」と曖昧な返事。
言うて自分も坊主格好ながら刀は差している。これは|幹斎《かんさい》に持たされた。
お陰で寺巡りがあまり順調ではない。当たり前だ。しかしこのご時世には仕方がないし…案外慣れた景色なような気がしなくもないんだがな…。
仏門に入り14年は寺にいたわけで。多分いまこうして持ち歩くのは却って危険なのはわかる…自分はこれを使ったことがないから、使い方を知らない…いざ浪人に斬りかかられたらどうしようかという気持ちは若干ある。
殺生は禁断。しかし幹斎は許可をした。そんな世の中とは…。
身は守れ、仏に捧げた身のために。矛盾だが、案外小さな端くれ寺には丁度いい具合かと、朱鷺貴は感じる。
第一、朱鷺貴は神や仏をそれほど崇拝していない。恐らく自分の性根は神のために死ねる物でない、これは揺るぎのない気持ちだから…案外この、小刀やらを仕込むこいつと、性が合っているのかもしれない。
「さぁて巡業巡業。清水寺が近いか、取り敢えず」
「はぁ、そうですねぇ」
「まぁあんだけデカい寺ならなんか寛容だろう、ウチのジジイと違って」
軽い気持ちで清水寺に向かうことにする。
軽い気持ちの後、「やっぱ厳しいよな」と朱鷺貴は呟いた。
「寺なんて来る者拒まず違いますの?」
「普通はな。でも俺、聖職者だから…」
「厄介者でんなぁ、」
「イカサマ宗派とか言われそう…|真言宗《しんごんしゅう》だし、なんか色々…」
「確かにトキさん、出で立ちがちぐはぐやもんなぁ」
「そしてお前な。ヤバいかなぁ、ヤバいかなぁ、せめて泊めてくれてあわよくば金をくれる仕事をくれねえかなぁ」
「確かに文無しやもんね。川魚でも採ってから行きます?」
「より変だよ」
そうなのか。
しかし朱鷺貴は「断られたら魚取ろう」と言った。
感覚がよく掴めない男だなぁ、この坊さん。
と翡翠は思うが朱鷺貴も朱鷺貴で、こいつは変なヤツだからなぁ、とつくづく思うのだ。
清水寺まであと少し。舞妓がちらほら歩いているのが見え始める。
眺めながら時折、翡翠が舞妓に手を振り、舞子はそれに商売笑顔で淑やかに去って行く。
「華やかなもんやねぇ」
「そうだな」
「ねぇトキさん」
「なに?」
「あんさんどうして坊様になったん?」
ふと翡翠にそう聞かれ特に突っかかりもなく「母親が死んだから」と素っ気ない言葉が自分の喉から滑り落ちることに、驚くような、そうでもないような。
「あら、」
「坊主なんて皆何かしらあるもんだ。じゃなきゃぁ世を捨てようなんて思わない」
「そりゃすいません」
「でもまぁ、お前もそうだろ?
舞妓だってそうだろうし。皆何かを捨てているだろ。大して珍しい話でもない」
「まぁ確かに、そうですね。
お母様は何故?」
棄てた話だと了承したせいかやけに聞いてくる。
まぁ、実際に棄てた話だから、別にいいのだけど。
「狐狼狸だよ」
「あぁ、なるほどよくある話」
しかしこうも失礼なこと、あるかぁ?
「そーゆーお前は何故その…」
「ヤクザに、ですか?」
「そうだね。お前は人の気遣いをわからない男だなぁ」
折角濁したのに。
まぁお前もあれか、棄てたなら大して何も執着がないのか。
「よくある話、口減らしみたいなもんですよ」
「ほぉ、まぁそうか」
しかしヤクザに?
多分それは口減らしとは少し違うだろうに。
しかし朱鷺貴が言わずにいればあっけらかんと、
「しかしトキさんにはあまり坊様の品格がないような気が致しましたので、少々聞いてみやした。なにより…」
その話し方に仕方なさを強く感じる。仏門など望んで入るような、そんな考えだったのだけど。色売りと違って。
ある意味それも、世の捨て方なのか、なんなのか。
「向いてねぇって?」
「まぁ、はい」
「だろうな。散々言われてきたし」
「せやろな。崇拝しておらんと言いふらしてはねぇ」
「拾われたんだよ、あのジジイに」
「は?」
それはまた。
様々を考える。
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