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「…小姓ですか?お坊様が唯一許される男色」
「違うわ、いや、そうだけど色々違うわ。お前やはり頭がこう…煩悩しかないな」
「当たり前やないですか。人、ですよ?」
少々翡翠の言葉が詰まった気がする。
こいつはどうも、少し己への劣等が色濃いらしいな。
「まぁぶっちゃけ、一度若かりし頃に床に誘われたことくらいは当たり前ながらあるが」
「えぇっ。いや、当たり前なんやけどあんさん、坊様やろ?」
またこうも一般的な…世の底辺を生きる見解だなぁ。仕方ないのだろうけど。
「俺はそこまでの崇拝心はないのでな、親と言えど。
元は武家だし、脇差しの口を切ったら閉口しやがったよあのジジイ」
「いやぁ、色々申し上げたいことはあるんやけど、寝所に脇差しとな、やはり坊様がすることやないような…」
「そう言うお前だって」
「わてはヤクザやさかいに。いつ殺されても可笑しくはないでっしゃろ」
「殺伐としてんなぁ」
まぁまぁ話してみて朱鷺貴は気付く。なるほどな幹斎。確かに俺ら、一番遠い存在かもね。
「そんならやはり不思議やねぇ、トキさんは。全く坊主に向いていらっしゃらない」
「まぁね」
「武家ならお父様はどないな」
「死罪だ」
「へ?」
あっさり飄々と言ったわりには、漸く朱鷺貴の翳りを少し感じた。
なるほど、それは確かに俗世、捨てるかもしれない。
ふと朱鷺貴はにやりと笑うが…その目が少し悲しそうに見えるのは果たして、邪推というものなのだろうか、あまり聞いてはならない話だったのかもしれない。
「今頃あのジジイ、冷や冷やしてんだろうな。お前、あまり冥土の土産は置いとくもんじゃないぞ」
「はぁ…」
朱鷺貴は思い出す。あの時の父親の狂気を。
泣いてはいたが、気が狂っていた。
ふと見上げれば赤く大きい、高貴な門が見えた。
「お前はさ、」
「はい?」
「成仏したいか?」
「あぁ、『清水の舞台から飛び降りる』ですか?」
朱鷺貴は何も言わず、そのまま門へ歩み始めた。
「覚悟とか、そんなもんも大してねぇけどな」
何を言ってるのか。この男まさか本気で死ぬつもりか?最近またよく聞くようになったその呪い。
わからん、坊さんとはわからん。
いや待てそもそも実際に見たことがない。実は死ねないんじゃないの?その辺のアホな素浪人ども、
「おらぁ清水の舞台から飛び降りるねぇ」
と恰好をつけて語っていたが、なんなら「飛び降りて脱藩してきたねぇ」とか言っていた郭の客事情。
そんなこと言って、郭に来ていたし。
しかし。
棟やらなにやらを過ぎ、先程の門とは別の、茶色く小さな、しかしなんとなく威厳がある門の前で一人の若い坊主に声を掛けられた。
「旅の方、こっからは拝観料が掛かりますぅ」
「うわぁ…」
「流石威厳のある寺だな」
「はい、そうですぅ」
少し誇らしげな坊主を前に仕方なく朱鷺貴は、こんな時のために貰っておいた幹斎の“添え状”を懐から出して見せるが、
「…なんやろか、それは」
怪訝そうに言う坊主に朱鷺貴は唖然。翡翠は思わず「ひっひ、け、健全なお寺、でんなぁ…」と堪え気味に笑い始めた。
「…貴方達、最近まぁた流行り始めた舞台降りやろかあま?落ちて生きとったら反幕入りいうやつ」
「…くだらないこと考えるやつもいるんだな。
どう見ても俺、法師じゃないか?君」
「こん前来た人もそのような出で立ちでそんなこと言うてましたわ。
そんなら死ぬ前に、そこの石段から奥の神殿に行かれては如何やろか?御祈りしてる和尚がいますえ」
「それが一番偉い人?」
「まぁ、その方も肩書きはそうですねぇ。ウチは宗派が二つあるんで」
「ん?」
「あー、最徳が二人いるのか」
「いえ三人どす。知らんようですね。
ここを通り舞台、本堂に行くんには一人12文ですぅ」
なんだかがめつい話だな。そう感じたが翡翠が口を滑らせ、
「それって死んで還って来れる額…」
などと言うのでつい、朱鷺貴が咄嗟、反射神経で翡翠の口にがっと拳を噛ませる。
「はい、悪かったね!」とその坊主に言うも、なんだか坊主は唖然としていたので、朱鷺貴は坊主のつるつる頭を撫で、
「行ってよし!」
と命じる。
「は、ははぁ…」と坊主は小走りでおみくじ屋のような母屋へ引っ込んでいく。
「…いはい、いはい、」
「ったくお前はさ、」
朱鷺貴が拳を離せば「ふはっ」と翡翠は大袈裟に前のめり。翡翠を放っておくように、坊主に言われた横の階段を先行く。どうやら本堂へ行くのは諦めたらしい。
クソ坊主め。舞台から落ちてしまえ。
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